木内貴志個展「キウチビデオフェスティバル2008」

現代美術における自虐的笑い

 

 現代美術といえば、洗練された美的感性と独特の表現技法による斬新でしばしば難解な作品、というイメージがあるのではないだろうか。しかし、「笑い」をテーマにした文学や芝居が数限りなくあるように、ユーモラスな作品、ナンセンスでシニカルな笑いを誘う作品も美術の大きな魅力であり続けてきた。
 とりわけ関西では関西風とも呼びたくなるようなユーモアと娯楽感覚に溢れる作家の存在が目立つ。昨年、大阪港のCASOで開催された「美術のボケ」展では、漫才のボケとツッコミという観点から、関西若手作家たちの笑える作品をまじめに分析していた。
 そこで紹介されていたアーティストの一人が木内貴志。成安造形大学在学中の1994年から発表を続けている彼の活動もお笑い用語で説明するのがぴったりくる。作風は彼自身が「楽屋芸的作品」と呼ぶように、美術教育や美術業界の内輪事情を題材にして、いじったり、ツッコミを入れまくる。
 例えば、画廊に必ず置いてある芳名帳を会場にたくさん並べて観客にひたすら名前を書かせ、現代美術の鑑賞作法を抽出した《画廊巡り》。あるいは、画廊の真っ白な壁に無数の釘の穴で「穴をあけるな」と描き、それをパテで修復する実演《画廊の穴》は、展覧会場の賃料を作家から得て成り立つ「貸画廊」というシステムを、その経営をおびやかす画廊の空き部屋状態とその穴埋めを皮肉る内輪ネタ作品。
 美術の制度を内側から批判する作品は20世紀美術の歴史の中で一つの流れを形づくっている。フランスのマルセル・デュシャンが便器を作品として展覧会に出品しようとしたり、ドイツのラウル・ハウスマンが廃物を寄せ集めて「我々の時代精神」と名付けたのは第一次世界大戦の混乱期だった。
 一方、木内の作品には「美術」という価値観を解体したり、美術業界の制度を改善しようというような革命的意識はない。進路に迷っていた頃の彼を惹きつけた「美術」とは、一般の人たちにあまり知られていない世界であり、常識で見れば変なことを大まじめにできる特殊な業界だった。大学で油絵を専攻したものの、絵を描くことよりもとにかく展覧会を開いて業界に入っていきたかったという。
 美術館という公共施設が存在し、美術は大学の専攻科目となっているにも関わらず、今日の日本において、現代美術は正直なところ大衆からは縁遠いし、経済的に成功するのはほんの一部だけのマイナーな文化であり、せちがらい業界である。だが、木内の作品が突いてくるのはそのような現代美術の愛すべきマイナーさなのだ。
 木内の作品に頻繁に露出する彼の名前や姿は現代美術業界にいる「俺」の自虐的セルフポートレートである。ひたむきに有名アーティストを目指す「俺」は、現代美術とお笑いとプロレスが大好きで、美術雑誌とスポーツ新聞の両方を読みふける木内の日常感覚をそっくり映し出している。「俺」は率直な自己顕示欲の塊であり、実際に関西の現代美術界で知る人ぞ知るオモロイ作家として知られるようにはなってきたわけであるが、笑いを売りにする作家はキワモノ扱いされがちであり、作品も売れにくい。展覧会のネタがすべってしまうこともある。
 だが、売れないことを売りにする芸人がジワジワと存在感を強めるように木内の活動も成熟しつつある。
 彼の主な個展歴は、1997年木内貴志大回顧展、2000年キウチアニュアル、2001年キウチビエンナーレ、2004年キウチトリエンナーレ、2007年キウチビデオフェスティバル2007。初個展なのに大回顧展と銘打ち、以後も国際美術展を思わせる大げさなネーミングが並ぶ。加えて毎年開催のアニュアルから、二年ごとのビエンナーレになり、三年ごとのトリエンナーレへとだんだん間遠になっていくうら寂しさをも漂わせている。作家プロフィールとして必須の個展歴そのものがネタになってきているのだ。
 作品に登場する「俺」も野心に満ちた小汚い美大生から三十路を過ぎた売れない美術家へと成長し、そのむさ苦しさにも風格を蓄えてきている。ここにきて木内はアーティストとしての彼の経歴自体が自虐的なネタ=作品という新境地を開拓しつつあるのである。
 来月9月1日から20日まで大阪、西天満 のGALLERY wks. (電話06-6363-2206)で開催される個展「キウチビデオフェスティバル2008」では、彼が20年以上に渡って撮り集めたビデオを集大成するビデオアートが発表される。
 CDの登場でLPレコードの姿が消えたように、今やDVD、そしてBDへの移行によってビデオテープはお払い箱になりつつある。とはいえ撮り溜めたビデオは簡単に捨てきれない。私たちも共有するそんな思い入れを木内はアートとしてどのように昇華してくれるのだろうか。ここでも大方の予想をはずすネタが用意されているので、現代美術に馴染みのない多くの人たちにも楽しんでもらいたい。




竹中悠美(日本学術振興会 特別研究員)

大阪日日新聞「関西美術探訪」 2008年8月26日版掲載記事より

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