ちょっクラ
ピンぼけ
YASHICA44 by Hektor
YASHICA44 by Hektor
1958(昭和33)年6月
ヤシカ44(2トーングレーボディ)
¥10,800  ケース ¥1,000
ビューレンズ
   ヤシコール(Yashikor)60mm F3.5
撮影レンズ
   ヤシコール(Yashikor)60mm F3.5(3群3枚)
シャッター
    コパル−SV セルフタイマー MXシンクロ
シャッター速度
   B・1・1/2・1/4・1/8・1/15・1/30・1/60・1/125・1/250・1/500
撮影フィルム
   ベストフィルム(コダックNo127)
画面サイズ
   4×4cm(スーパースライド)12枚撮り
その他
   スタートマーク(フィルム装填時に裏紙のスタートマークを合わせる)
   クランク式フィルム巻き上げ
   アクセサリーシュー  30mmバヨネットフィルター


ヤシカ44(yashica44)
 日本製の2眼レフ(TLR=Twin Lens Reflex)としては、異例な程、世界的に有名なカメラである。
 ただし、現代のようにヤシカ44が性能的に優秀だとか、画期的なメカニズムを搭載したカメラというわけではない。
 残念なことではあるが、世界一の2眼レフメーカーのフランケ・ハイデッケ有限合名会社(Franke & Heidecke GmbH & Co KG)から同社のローライフレックス4×4(Rolleiflex 4×4)通称グレーベビーローライのデザイン盗用として、提訴され一年にも及ぶ和解交渉の末、デザインを変更したため、世界中に知られることとなった。
 当時は、アメリカや日本で2眼レフは、爆発的なヒット商品であり、憧れのカメラであった。
日本のカメラ界はコピー商品のがまかり通るような状況であったが、グレーローライ登場から半年足らずで発表されていることは、すでにヤシカでは、設計や生産設備は進められていたと考えて良いだろう。
 にもかかわらず、なぜ、デザイン盗用など行ったのだろう?確かに、グレーローライは美しいカメラで貴婦人と評されても良い程、品の良いカラーリングとコンパクトなボディーは思わず手に取りたくなるカメラである。
 この美しさがヤシカに真似をさせたのだろうか。しかし、これが不幸な事件を引き起こした。
 こうした、焦りにも似た行為は当時アメリカ輸出がメインだった事と国産ブランド名は60を超え、アルファベット26文字のうちすべての頭文字がある(実際は「J」「U」「X」は無い)と言われた程、過当競争下にあった日本では、輸出にも国内販売でも差別化を計りたかったのであろう。
 しかし、美人さんのそっくりさんはやはり、美人さんである。


 今回御紹介するのは、提訴の原因になったYashica44(グレー)、カラーリングの変更を受ける前のグレー2トーンカラーモデルである。
(このカラーがどのグレーに相当するか判りません。)
 カラーバリエーション(チャコールグレー・シルバーグレー・パステルグレー・ラヴェンダー・ゴールデンブラウン・ローズブラウン・バンガーディ・ブラック計8色)がある。
しかし、このカラーモデルは話があるが、実際に全ての色が作られたのか不明である。
(現在ならカタログ撮影用に少なくとも1台は作るだろうが・・・)機会があったら是非見てみたいものである。
(写真でもお借りできれば掲載しますので、お持ちの方がおりましたらメールをください。)
 その後、Yashica44A(廉価版ダイヤル巻き上げ、セルフタイマーなし)Yashica44LM(露出計付きグレー2トーン・ブラックの2種類)が作られたのは、提訴和解の後である。
こうした、バリエーションの多さ(実際に存在すれば)は十分にコレクションの対象になる。
 本来ならば、グレーベビーローライ・ヤシカ44(グレー2トーン)ブラックベビーローライ(戦後型)と順番に並べなければならないのだが、手許に無いので御勘弁を・・・
*もし、写真の御提供をいただける方がおりましたら、メールくださいm(._.)m

 これは、私の私見だが、文献が少なくないにもかかわらず、何故かはっきりしないのは、グレー2トーンのカラーリングは、ヤシカの方が早いのではないかと思う。
 昭和52年発行の「ローライ物語」北野邦雄著によれば、Rollei4×4は、「金属部は黒塗装、外装はグレーの皮張り」という記述がある。
北野氏はローライとの和解に尽力し、ドイツ・アメリカと奔走の結果、調停を成功させた人物である。
 もしかしたら、ローライがグレー2トーンカラーを使用することが条件にあったかも知れない。
 というのは、「グレーモデルの廃止が条件」だったが、44LMにもグレーがある。そして、いつの間にかRollei4×4は、グレー2トーンになっているのである。(あくまでも私見です。何の確証もありません!)


 このページはこうした事情のみ語られ、ほとんど、カメラそのものの語られないYASHICA44を紹介したくて作成しました。







 ヤシカ44は、やや青みがかった艶のあるグレーにペイントされ、ピントフードのベース部と軽合金製の2連レンズキャップ(バヨネット式着脱)のみ同色の結晶塗装(きめの細かい独特の結晶塗装である)が施され、張り革はやや白ぽいグレーで品の良いツートーンカラーである。
 操作部はアルミ地で、シャッター部、シャッターボタン、ストラップリングなどがクロームメッキ、また、ストラップリングのベース部およびアクセサリーシューは梨地仕上げのクロームメッキである。
 ストラップリング周りやアクセサリーシューは、プレスでのカットの痕も生々しいが、ピントリングやレンズ周りのバヨネット部などは旋盤による削り出しで仕上げは素晴らしい。
現在、こんな仕上げを求めたらニコンの復刻版S3の販売価格も致し方ないだろう。(コストを考えるとS32000は赤字なのでは?)大きさはローライフレックス4×4より、高さも幅も数ミリ大きい。
 レンズは、紫色がかった青いコーティングがなされているが、シングルコーティングだと思う。
 巻き上げレバーは一回転で無く、反回転。リターンスプリングで戻る。その操作感はややラチェット音が軽く安っぽい感じがする。(ただし、フィルム装填をしていないため、レバー操作も軽い)フィルムを装填するとどうなるか?残念ながら、ベスト判フィルムを入手していないため、撮影はしていない。すみません。
 フィルムは上から下へ巻き上げ(変な表現になりますが・・)られる。(ローライは、下から上)
 ピントフードはワンタッチで開く。この操作感は戦前のローライフレックスなどと変わらない。良好と言って良い。
 しかし、ピントルーペやアイレベル用の窓はちょっとスプリングが強すぎるような気がする。ピントルーペはパチンと元気良く開く。アイレベルウィンドを閉める時も同様である。
 シャッターチャージやシャッターボタンは良好である。特にシャッターボタンはフリーのストロークは長いが、シャッターを切る瞬間は節度感があり、非常によい。現代の電子シャッターと比べるとスポーツ写真さえ撮れそうなほどタイミングが取りやすい。
 ピントリングは十分にグリースの効いたヘリコイドリングのように滑らかに動き、微妙なピント合わせも可能である。はたして、ローライのスピンドルギアは必要であったのだろうか?(ヤシカ44はストレートギアだと思う。ばらしていないので確証はないのですが・・・)
 こうした、操作感の良さは後に日本のカメラが世界に羽ばたいた理由が解る気がする。
多くのカメラを手にする機会のあったプロカメラマン達のうちマグナムやライフのメンバーは早いうちに日本製カメラの操作感の良さを発見し、ブランドネームより道具として優秀性を認識し愛用するようになったのだろう。
 ヤシカ44で残念でならないのは、レンズの「暗さ」にある。ローライフレックスがF2.8を採用(戦前型はF3.5)しており、ヤシカ44のF3.5は、ピント合わせもやりにくい程に暗く感じる。
販売価格を下げなければならなかったため、レンズの選択余地は無かったのであろう。
 それにも、増してこの愛らしさはそのサイズにあるのだろう。
こんな、デジタルカメラがあったら、さぞかし楽しいと思うのは私だけだろうか?

 ヤシカ(八洲光学)は、YASHICAに社名変更し、京セラに吸収合併、現在はCONTAXを製造している。
 名レンズ、テッサーを装備したローライフレックス4×4に追従できなかったヤシカが、巡り巡ってツァイスのレンズを製造している。
 ヤシカ44このカメラを見る度にそんな歴史の不思議を感じずにはいられない。

参考としてRolleiflex4×4のスペックをあげておきます。
ローライフレックス4×4(戦後型グレーボディ)
ビューレンズ   ハイドスマット(Heidosmat)60mm F2.8
撮影レンズ    テッサー(Tessar)60mm F2.8(初期)ツァイス製(Zeiss)
         クセナー(Xenar)60mm F2.8(後期)シュナイダー製(Schneider)
シャッター    シンクロコンパーMXV(Synchro-Compur) ライトヴァリュー セルフタイマー MXシンクロ
シャッター速度  B・1・1/2・1/4・1/8・1/15・1/30・1/60・1/125・1/250・1/500
撮影フィルム   ベストフィルム(コダックNo127)
画面サイズ    4×4cm
その他 オートマット(フィルムの一枚めを自動ストップする機構)
         セルフコッキング・シャッターチャージ
シリアルナンバー 2000001〜2069999の資料がある。
(このナンバーは他機種も含まれます製造台数ではありません)
製造年      1957年〜59年


参考資料:朝日ソノラマ 現代カメラ新書 NO31 ローライ物語 北野邦雄著
     朝日ソノラマ 現代カメラ新書 NO68 ニ眼レフのはなし(前編)田中政雄著
     朝日ソノラマ カメラレビュー クラシックカメラ専科 NO26 ヤシカ・京セラ・コンタックスのすべて
     朝日ソノラマ カメラレビュー クラシックカメラ専科 NO34 ローライニ眼レフヒストリー
     I.C.S.輸入カメラ協会 CLASSIC CAMERAS PRICE GUIDE '96 ローライ特集号

資料提供:SSスタジオ 群馬県太田市新井町514-11 TEL:0276-45-2192