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ピンぼけ
Radioactive Summicron by Hektor
Radioactive Summicron by Hektor





Summicron 5cm 1:2

 あまりに有名な伝説のレンズである。
 Summa (最高) + micron (小さい)を合わせて命名されたと言われている。
 1953年に発売され、その解像力に「空気さえ写る」と評された。
 このメジャー級レンズを取り上げたわけは、ライツの公式発表と違うシリアルナンバーを持つ、ズミクロンと出会った事による。
 Radioactive Glass(放射能ガラス)を使用した、最初期のズミクロンである。
 *放射線ガラス・Hot Glass(ホットグラス)と表現される事も多い。
 今回は、このレンズを個人的な見解で考えて行きたい。

モデルコード SOOIC
製造本数   60,680本
焦点距離   51.9mm
 絞 り   F2 2.8 4 5.6 8 11 16
レンズ構成  6群7枚
 画 角   45度
最短撮影距離 1m
フィルター径 E39
 重 量   255g
 その他   クローム仕上げ 沈胴鏡胴
       フードIROOA ITDOO SOOFM(折り畳み式)
       シリアルナンバーは92万台から175万台


 Nr64××××のナンバーを持つIIIfレッドシンクロ、セルフタイマー付
 1952/53製には、Nr921×××のラディオアクティブ・ズミクロン。
 Nr81××××のナンバーを持つIIIfレッドシンクロ、セルフタイマー付
 1956年製には、Nr1329×××の通常型ズミクロン。
 ライツ発表のレンズの製造ナンバーから辿るとNr921×××は1951年に製造されている。
 同じくNr1329×××は1955年製となる。
 ここで、疑問となる?ライツの公式発表では、ズミクロンの発売は1953年である。
 製造ナンバーからすると2年も前のズミクロンがここに存在するのだ。
 もし64万台のIIIfに販売当初からこのレンズが付いていたとすると、発売前の新型レンズが市場に出た事になる。
もちろん、後からレンズとボディが組み合わされた可能性もあるが・・
この1953年以前のナンバーを持つズミクロンは、珍品扱いで有名であるが、不思議な事も多いのである。
 現時点での調査で確認しているナンバーを紹介しよう。
 Nr 920×××(1951)
 Nr 921×××(1951)
 Nr 922×××(1951)
 Nr 993×××(1952)
 Nr 994×××(1952)
 Nr 995×××(1952)
 Nr1009×××(1952)
 Nr102××××(1952)
 Nr104××××(1952)
 *生産年はナンバーから抽出したもので実際に作られた年とは限りません。
 この中でも、Nr920×××(3本確認)は、飾りリングの刻印が変わっている。
 Ernst Leitz Wetzlarと刻印されている。
 本来ならErnst Leitz GmbH Wetzlarと刻印されているのが普通であり、Ernst Leitz Wetzlarとなるのはずっと後である。
 Nr921×××は、時代的に正しいErnst Leitz GmbH Wetzlarと刻印されている。
 さすがに数は多く無いものの、中古市場に出回るのである。
 推測であるが、この4つのロットは、すべて違う放射線ガラスを使っているのでは無いだろうか?
 このトリウムガラスは変色する。程度の違いはあれ、薄茶ないしは、黄色になる。
 この変色をライツでは、早い時期から知っていたと思われる。
 そのため、小ロットで作製し、変色までの期間、または変色しない配合を知りたかったのではないだろうか?
 屈折率を変えずにトリウムの量を変えたガラスを作らせたのかもしれない。
(このガラスは、イギリスの光学ガラスメーカーBritish film Chance Brothers Glassの製造)
 もし、入手したいコレクターは、変色していないレンズに手を出してはいけない。
 間違いなく入れ替え玉である。
 入手したなら、ルーペ代わりに使用しないように、現在でもα線・β線・γ線を照射し続けている。



各種ズミクロンの比較

 ここに借りて来たズミクロンは公式発表では固定鏡胴以外のレンズは同一エレメント設計。
 年代の違いでレンズコーティングが全く違う。
 下右のトリウムガラスは明らかに黄色い。
 同じスクリューマウントでも下左はほとんど変色は無い。
 しかし、上右のバヨネットマウントモデルと比べると、ガラスの質感が違うようにも感じられる。
 上の2本のバヨネットマウントモデルは、有名な高屈折ガラスLaK9を使用しているはずである。
 下左もLaK9を使用しているのだろうか。
 しかし、設計変更している可能性が伺われる。
 ズミクロンは、苦労の末、ライツが発表した最新鋭レンズである。
 M3同様に、初期には数度の設計変更が行なわれている。
 最初はズミター*。トリウムガラス時代、そして、LaK9を同設計で使用し、その後再設計(固定鏡胴の曲率変更設計はライツの発表にある)していると思われる。
(LaK9=酸化ランタンLa2O3を使用し、酸化トリウムを廃止した。)



レンズ構成図

 ライツのダブルガウス型の標準レンズを見てみよう。
 代表的なレンズの構成図である。
 上左が今回のズミクロンである。数度の設計変更もこんな略図では判ら無い。
 (もっともデーターも無いが・・・)
 問題のトリウムガラスは、1・3・6枚目に使用されている。(黄色表示)
 右の1958とは、前群の4枚の曲率に違いが見られる。(下手な絵ですみません)
 一枚目と二枚目、三枚目と四枚目が有名な空気レンズである。
 この考えは何もズミクロンが最初では無い。1930年代には製品化されている。
 当時は、コーティング技術が発達して無く、フレアーやゴーストに悩まされたため、性能の良さを知りながらも、普及しなかったのである。

 1958の固定鏡胴は「アサヒカメラ」のニューフェース診断室で当時テストされ、F2解放時で、中心解像度 280+本/mm という、驚異的なテスト結果を記録している。
 これもまた、伝説的な数値で、未だに記録的である。
 それにも増して、まことしやかに、最初期のズミクロンはもっと良かったと伝えられている事に、この手のレンズが高価に取り引きされている原因でもある。

 この構成図を見てもらえば、ズミクロンはズマールの正常進化型だと言える。
 ズマールからズミタール(ズミター)への変更で、解放時の解像度の向上とフレアーの著しい減少に成功した。
 その後、空気レンズを採用した試作レンズ「ズミタール*」作製された。
 下の2本は、ズマリット。シュナイダーのクセノン(Xenon)の改良型と言われている。
 もう一本のズミクロンは、全くの新設計で、名前のみ同じレンズ。



Summitar*5cm 1:2

 プロトタイプ・ズミクロンとして有名なズミタール*5cm 1:2。
 某ショップにて、撮影させていただいた。
 Nr81××××のシリアルを持つ。
 ナンバーを信じれば、1950年製であるが、1951年とする資料もある。
 試作用に欠番として、1951年に使ったとも考えられる。
 このレンズにも新種ガラスを使用しているが、トリウムガラスでは無いようだ。
 ランタンクラウンガラスを使用したものかは、不明だが、試作と言う少数のため、作製出来たのだろう。
 トリウムガラスは、イギリスより輸入され、ズミクロンに使われた。
 この手のガラスは、アメリカで開発され、戦勝国であるイギリスの方が安く作れたのだろう。
 LaK9の開発は、ライツ社内で行われ、エルンスト・ライツIII世の携わったと言われる。
 製造は、ドイツのショット社に発注している。
 事実とすれば、ラディオアクティブ・ズミクロンより、直系になる。

外観上の相違

 一見、同じに見えるが、92万台は明らかに、ズミタールの部品を使用している。
 飾りリングの刻印は、92万台は、レンズ中心から放射状に外側が上に刻印されている。
 対する132万台は、反対にレンズ中心に向かって、文字が上になっている。
 正規に発売されたズミクロンは、どうやら、文字の刻印を変えたようだ。
 これは、十数本の個体で確認した。
 これが事実とすれば、最も数字の小さい、内向き文字のズミクロンがファースト・ズミクロンとなる。
 それ以前のズミクロンは、あくまで、生産試作の域を出ていないと思われる。
 (ズミタールは、飾りリングの形状は違うが、内向きの刻印である)



 問題の変色レンズである。
 こうして見ると、ただ黄色いだけだが、使用するにはやや不安が残る。
 フィルターで対応出来そうだが、厳密に言うとなかなか大変である。
 
 Summicronの放射線量だが、さすがにガイガーカウンターを貸してくれる所も、ただで測定してくれる所も無かった。(いいせんまで行ったのだが・・)
 それでも、「ジャーナル・オブ・フォトグラフィー」に掲載された事があると言う記事を見つけた。
 又聞き的で恐縮だが、紹介しよう。
 沈胴ズミクロンの前面から、約300カウント。同35mm/2の後面から150カウントとの事である。
(詳細はカメラレビュー クラッシックカメラ専科64 P.101)


 透過光で比較すると一目瞭然!
 レンズそのものが変色しているため、中心部が濃く、周辺に行く程、薄くなっている。
 Hologonの逆である。周辺に行く程、光量が増えると言う、まことにおかしなレンズになっている。
 参考文献を失念して恐縮だが、発売当初に98%程あった、透過率が3年後、変色に気付いてテストした所、70%後半にまで落ちていたとの、レポートを読んだ事がある。


 雲から日ざしが差したので、投影してみればこのとおり。
 リバーサルフィルムでは、はっきり色が変わるであろう。
 多少の色は、フィルターを使用する事で解決出来そうだが、光量の不均一はいかんともしがたい。  まさか、中心部だけシアンのかかったフィルターなんて・・・
 (クラッシックのレンズをそこまで厳密に使う人もいないであろうが・・)
 しかし、実際にこうした事を目にすると、驚かされる。
 当時、ライツ社のレンズ設計部門では、どれほどの重大事であったろうか、想像にかたく無い。
 本来、華々しく。新型レンズを発表した矢先に、レンズエレメントの変色である。
 開発者の苦労が忍ばれる。解像度の高さ!しかし、性能追求の結果、選択した材質の不良。
 沈胴ズミクロンは、M3同様に、ライツ社の焦りがあったのでは無いだろうか?
 低価格で売り上げを伸ばす他社、画期的なメカニズムを導入した他社製品。
 ドイツ国内メーカーの競争に拍車をかける、日本やアメリカのカメラ。
 このような、状況下、新鋭レンズ。そして、画期的なカメラが必要だったのだろう。
 それが、発売時期を早め、設計変更に継ぐ設計変更。改良に継ぐ改良を続けなければならなかったのであろう。
 まるで、戦時中の航空機メーカーのようだ。モデルコードも付けられぬまま、改良を続けた、最初期のM3は、他機に流用さえ出来無い部品が少なくない。


 外観上の違いは、絞りリングにも見られる。
 上は、ズミタールと同じデザイン。
 リングの前半分を削り落とし、繊細なデザインとしている。
 下は市販型の絞りリング。
 リングを一体のデザインとして、指掛かりも良く、キリッとした印象になっている。
 しかし、沈胴ズミクロンは、基本デザインを戦前のズミタールに踏襲している。
 開発の性急な実施。そして、製品化。新しいネーミングまで与えたのだ。
 本来なら、全く新しいデザインで、発表したかったのでは無いだろうか?
 仔細なデザイン変更は、嫁ぐ娘にせめてもの晴れ着では無いだろうか?
 しかし、幸運な事に、デザインに保守的な多くのライカユーザーは、この新鋭レンズを歓迎した。
 それは、とりもなおさず、見た目が同じでも、飛躍的な性能向上を図ったレンズだからであった。
 自動車の世界に「羊の皮をかぶった狼」と言う表現がある。沈胴ズミクロンはまさにコレであったろう。
 戦前の古めかしいレンズが、新型軽量鏡胴レンズを遥かに上回る解像力を発揮するのだ。


 市販モデルは、設計変更しているのでは無いかと言う疑問は、レンズ後端部の取付にある。
 ただ単に、製造コストの削減とも、とれるのだが、92万台は、レンズの組付けまでズミタールと同じである。
 細かく見れば、まだまだ違いがありそうである。
 
 珍品と言われるものの多くは、ある意味で不良品かもしれない。
 製造数が少ないには、やはり訳があるのだ。
 それでも、コレクターの心を引く。Radioactive Summicron。罪作りなレンズかもしれない。
 
 放射線レンズは、1970年代まで、数多く生産されている。
 1930年代に開発されたコダック・エアロエクターは、軍用レンズとして偵察用に採用され、戦後にその大半が民間に払い下げれた。
 そして、このズミクロン同様に、酸化トリウムを使用した高性能ガラスが大量に生産されたのである。
 ライカでは、ズミクロン35mm/2、シュナイダー(Schneider)・ノクトン50mm/1.5、105mmアポランター。ツァイス・イエナ フレクトゴン50/4。日本国内でも1960年半ばのペンタックス スーパータクマー50/1.4・同35/2また、同6×7用レンズ(モデルは未確認)、Canon FL・50や35/2FD、その他フジノンやニッコールにもあるかもしれない。
 80年代にガラスの生産が終了するまでに多くの民生用レンズが作られている。
 残念ながら、放射線測定まで至らなかったが、この時代のレンズをルーペ代わりに使用しない方が良さそうである。
 なお、ロシア製レンズには確認されていないと言われる。



参考文献
 
ライカレンズの見分け方 
 ゲステル・サルトリウス著
 竹田正一郎 訳
 朝日ソノラマ
  ISBN4-257-12029-0
 
写真レンズの歴史 
 ルドルフ・キングズレーク著
 雄倉保行 訳
 朝日ソノラマ
  ISBN4-257-12021-5

アサヒカメラ ニューフェース診断室
ライカの20世紀
 ISBN4-02-272132-4

復刻版 ライカの歴史 写真工業別冊 中川一夫 著 写真工業出版社
 雑誌 04420-11

ライカの70年
ジャンニ・ログアッチ著
藤岡啓介訳/田中長徳監訳
ホーブス版アルファベータ発行
 ISBN4-87198-497-4

カメラレビュー クラッシックカメラ専科 No64 
 特集 ミランダの系譜
    ソフトフォーカスレンズ
 ISBN4-257-13048-2

取材協力
SSスタジオ 群馬県太田市新井町 TEL:0276-45-2192