岩手県盛岡市出身 昭和2年生まれ
旧制中学時代は戦争の真っ只中、暗い時代で勉強は身に入らず良い
思い出は 殆ど無いが、故郷の風土、自然は素晴らしかった。
防雪の雪囲いをした往時の盛岡近郊の農家
北上川と岩手山
終戦の翌年 松尾鉱山(岩手県)に就職し海抜900mの高地で24年間働く。 松尾鉱山は八幡平の東の入り口にあたり 東洋一の硫黄の産地として知られ、多い時には4,500人の
従業員と 10,000人の家族が住んでおり、雲の中の都、雪の中の都と言われていた。
昭和44年 石油輸入に伴う精製課程で出る大量の硫黄のため会社は倒産し失職する。
今は昔の面影を残すものとして4階建てコンクリートのアパート群の廃墟が風雨に晒されて立っている。
在りし日の松尾鉱山製錬場
雪の中を配達する郵便屋さん
昭和45年 大光院、金山、中島飛行機で知られる群馬県太田市に転居、以降二つの会社に勤める。
平成7年 退職後 趣味に専念する生活となる。
趣味 切り絵、木工、竹細工、パソコン、テレビのスポーツや囲碁の観戦等結構忙しい毎日です。
家族 妻と二人暮らし 子供2人に孫4人
金山の赤松林
子育て呑龍さんで有名な大光院