フランスの戦い番外編:フランス機とドイツ機 どっちが強い?

ドイツ機との対戦成績は600勝323敗
フランス戦闘機隊はドイツ機を600機(内海軍が5機)撃墜している。更にこれにフランス爆撃機 からの返り討ちにあったドイツ機が若干加わるが、その結果は残念ながら不明。 以下機種別に分析する。
(データは全て1940年5月10から6月24日に発生したもの)

フランス戦闘機対ドイツ戦闘機
結果を先に言うと222272敗で フランスの負けである。
敗北した270件の内89件は相手機種不明なので、 それらをBf109とBf110の対戦敗北比率149対34に割り振った結果が右のグラフ である。
Bf109Eに対しては部が悪いことが分かる。また意外とBf110が善戦している。 ではタイプ別の対戦成績を分析してみよう。

<空の王者はカーチス・ホーク>
まず対Bf109Eの成績では唯一勝ち越しているのがアメリカ製のカーチス・ホーク という結果になってしまった。もっともドイツ機の方が数的に優位であったこと を割り引いてみれば、ドボアチンも互角といってよいだろう。他のフランス機 はどうみても劣勢である。
(注:MB152にはMB151も含む)
次に対Bf110の成績を見ると、モラン・ソルニエが負け越してしまった。ブロックも あやういところで、フランスの戦いの結果だけ見れば、Bf110が単発戦闘機 と互角に戦えると思ってしまうのも無理からぬところだ。また仏独双発機 決戦で結果の出たケースは1件のみで、Bf110の勝ちである。
C714はBf110と対戦した記録は無い。
いずれの結果からもフランス空軍最強戦闘機の栄冠の座は見事 カーチス・ホークに輝いた。せめてあと100機(4個飛行隊分)をアメリカから 輸入していれば、(勝つことはなかったろうが)ドイツ機の損害がもっと 増えていたことは間違いなさそうだ。

フランス戦闘機対ドイツ爆撃機
これは29251敗で 勝率8割5部1厘である。逆に言うと6機撃墜する 度に1機が 返り討ちに遭っている。 では各自が苦手な機種は何であろうか。勝率を比べてみよう。

<爆撃機相手にはブロックMB152が適任>

戦闘機相手にはぱっとしなかったブロックMB152が、爆撃機相手には強みを 発揮した。さすが2門の20mm機関砲が役に立っている。
モランはここでも芳しくない。速力、火力とも不足するので敵機に長い時間 接近せざるを得ず、結果として的になってしまうようだ。特にドルニエDo17 など大して防御力が高いわけでもない相手に、結構やられている。
C714とPotez631は対戦成績そのものが少ないのであまり比較にはならない。 (注:MB152にはMB151も含む。Do17にはDo215も含む)
考慮すべき点として、爆撃機との戦闘で撃墜された中には、 相手護衛戦闘機からも弾を受けた可能性が含まれている。 いずれにしろ上記の撃墜・被撃墜比率を高いと見るか低いと 見るかは意見の分かれる所である。

フランス戦闘機対ドイツ偵察機
これはさすがに85勝負けなしである。
Ju86が果たして偵察任務についていたのか、あるいは他の機種を見誤った のかは疑問が残る。
またドイツ軍の偵察飛行隊はHe111、Ju88、Do17などの双発機を130機ほど 配備していたが、フランス側の戦闘記録にはそれらが偵察任務なのか爆撃任務 なのかはっきりしない。そこで単純に機種だけで割り切って全て爆撃機に 含めた。本来ならドイツ軍の戦闘記録と付き合わせる必要があろう。

フランス戦闘機対イタリア機
まず対戦闘機について。 54敗でフランスの勝ちといいたいところだが、相手は全て複葉の フィアットCR42。
戦果の内訳はD520(空軍機)が4勝とMB151(海軍機)が1勝。 反対に海軍のMB151が4機撃墜されている。
海軍機の敗北の内3機は離陸時を狙われたものであった。
対爆撃機については、フィアットBR20を3機とサヴォイア・マルケッティSM79 を1機撃墜し、損害は被っていない。
イタリアとの戦闘自体 が2週間しかなかったので、両軍の優劣を論じるにはデータ不足だ。

フランス戦闘機対ドイツ輸送機
なぜか記録には1機しか残っていない。6月15日、海軍戦闘飛行隊のMB151が Ju52を1機撃墜したのみである。

総括
総じてフランス戦闘機隊は善戦したと言ってよい。 撃墜・非撃墜比率 で言えばほぼ 2対1 であり、これはバトル・オブ・ブリテンのRAF戦闘機隊 の成績と変わらないのである。

惜しむらくはモラン・ソルニエからのD.520への機種転換が遅れたことである。
右はフランス単座戦闘機の機種別配備割合を示したもの。残念ながら 稼働機数ベースでは無い。
ドイツ軍の侵攻開始時、単座戦闘機の半数がMS406だった。 D.520が主力戦闘機の座を手に入れたのは、ようやく休戦間際になって からだった。戦いの中盤ではH-75とMB152(MB151含む)がフランス戦闘機隊を 支えていたのである。

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