第二次世界大戦勃発

出来事の推移
1939年9月1日、ドイツ軍がポーランドに侵攻。 早くも9月27日にはワルシャワを陥落させた。そして事前の申し合わせ通り、 東から侵入したソ連軍と領土を分け合った。世界はドイツ空軍と地上部隊との 見事な連携運用に注目し、急降下爆撃機への信奉が生まれた。
フランスはイギリスと相前後して9月3日にドイツへ宣戦布告したものの、 その空軍力において決定的に遅れをとっていることを認識していたのである。 それ故ポーランド救援の為に、ドイツに西から圧力をかけることができず、 成り行きを見守るだけであった。

フランス空軍の実態
フランスの空軍力はドイツと比べ、単純に保有機数を見ても明らかに弱体であった。
(下のグラフは1939年9月時点の両空軍第一線保有機数)

爆撃機には急降下爆撃機、襲撃機を含む
偵察機には観測機、連絡機を含む
フランス空軍の輸送機実態は不明

戦闘機隊の実情

開戦当時、フランスは既に800機の近代的戦闘機を生産していたが、 第一線に配備されたのはその4割程度だった。 ブロックMB151と152はまだ転換訓練が終っていなかった。 救いとなったのはアメリカから購入したカーチス・ホークH-75である。 ちなみに複座のポテーズPotez631は夜間戦闘機隊に50機程が回されていた。
(左は1939年9月時点のフランス単座戦闘機の生産累計と第一線配備数)

製造元 モラン・ソルニエ ブロック カーチス メッサーシュミット
機種 MS406 MB152 ホークH-75A Bf109E3
最高速度 485km/h 515km/h 500km/h 560km/h
武装 20mmX1、7.5mmX1 20mmX2、7.5mmX2 7.5mmX6 20mmX2、7.92mmX2
スペックだけを見てもモラン・ソルニエがかなり厳しい立場なのが分かる。 もっともフランス戦闘機隊は機体性能以外の分野で後々苦労することになる。
また世界の一線級機に肩を並べると期待された 新鋭のドボアチンD.520はまだ配備に至っていなかった。

ドボアチンD.520
最高速度:535km/h、武装:20mmX1、7.5mmX4

爆撃機隊の実情
一番深刻なのは爆撃機戦力であった。 旧式機から近代機への改編がほとんど進んでいなかったのである。

アミオAmiot143
初飛行:1934年 最高速度:310km/h、武装:7.5mmX4、爆弾搭載量:1.6t

ブロックMB210
初飛行:1934年 最高速度:322km/h、武装:7.5mmX3、爆弾搭載量:1.6t
このような性能ではドイツ軍と戦えるはずもなかった。もちろん空軍上層部 もこのことは承知しており、本土の23個飛行隊を順次新型機に切り替える 予定でいた。
その中でも期待の星であるリオレ・エ・オリビエLeO451は8月に配備が始まり、 1940年半ばまでに14個飛行隊へ200機以上配備する計画であった。

LeO451
初飛行:1937年 最高速度:494km/h、武装:20mmX1、7.5mmX2、爆弾搭載量:2t

アメリカからの航空機購入
生産の大幅な遅れにあせる空軍首脳部は、アメリカから航空機を調達する 方法をとった。合計実に4,400機にのぼるオーダーに対して、ドイツとの 戦いに間に合ったのは1,000機弱であった。
戦闘機カーチス・ホークは大戦開始時には4個飛行隊に配備され、既に重要な 一翼を担っていた。しかし2機種の爆撃機、グレン・マーチンM167F (メリーランド)とダグラスDB-7を装備する部隊は、1940年5月の時点になっても 転換が完了していなかった。


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