| 年 |
月 |
日 |
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事 柄 |
| AD4C-5C |
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I |
アイルランドのケルト人がウエールズとスコットランドに移住
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| 432 |
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I |
聖パトリックがアイルランドへ初の布教活動
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| 795 |
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I |
ヴァイキングがアイルランドに初めて襲来
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| 841 |
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I |
ヴァイキングがアイルランドに定着を始める
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| 911 |
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F |
ロロがシャルル単純王とSaint-Clair-sur-Epteで会見
ルーアンの守備を任される
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| 912 |
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F |
ロロがルーアンでキリスト教の洗礼を受ける
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| 922 |
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F |
ツール伯のロベールI世がフランス国王になる
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| 923 |
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F |
ロベールI世がシャルル単純王をソワソンで破るが、彼も戦死する
ブルゴーニュ公でロベールの娘婿のラウル(Raoul)がフランス国王になる
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| 924 |
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F |
ロロがバイユーを奪う
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| 933 |
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F |
ロロの息子のギヨーム・ロング・エペ(Guillaume Longue Epée)が後を継ぐ
コタンタン(Cotentin)からアヴランシュ(Avranche)まで領土を広げる
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| 936 |
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F |
シャルル単純王の息子のルイIV世がフランス国王になる
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| 942 |
12 |
17 |
F |
ギヨーム・ロング・エペがフランドル伯アルヌールの手先に暗殺される
息子のリシャールI世が後を継ぐ
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| 954 |
11 |
12 |
F |
ルイIV世の息子のロテール(Lothaire)がフランス王になる
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| 978 |
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エテルレッドがイギリス王になる
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| 986 |
3 |
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F |
ロテール王が亡くなる
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| 987 |
5 |
21 |
F |
ロテールの息子のルイV世が亡くなる。後継ぎがおらずカロリング朝滅亡
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| 987 |
7 |
3 |
F |
ユーグ・カペー(Hugues Capet)がフランス王になる。カペー朝の始まり
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| 987 |
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F |
リシャールI世がノルマンディー公の称号を授かる。ノルマンディー公国が正式に始まる
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| 996 |
10 |
24 |
F |
ユーグ・カペーが亡くなる。息子のロベールII世敬虔王(RobertII le Pieux)が後を継ぐ
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| 996 |
12 |
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F |
リシャールI世ノルマンディー公が亡くなる。息子のリシャールII世が後を継ぐ
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| 1002 |
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F |
ノルマンディー公リシャールI世の娘エマ(Emma)がエテルレッド王に嫁ぐ
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| 1014 |
2 |
3 |
E |
エテルレッド(Ethelred)イギリス王が死ぬ
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| 1014 |
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I |
Clontarfの戦い。Munsterの王Brian Borúがデーン人ヴァイキングと
Leinster王の連合軍に打ち勝つ
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| 1016 |
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E |
デンマーク王のカヌート(Cnut the Grand)大王がイギリス王になる
亡きエテルレッドの王妃エマはカヌートと再婚
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| 1023 |
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E |
ゴッドウィンがカヌート大王に従ってデンマークに赴く
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| 1026 |
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F |
ノルマンディー公リシャールII世が亡くなり、息子のリシャールIII世が後を継ぐ
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| 1027 |
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|
F |
ノルマンディー公リシャールIII世が暗殺される。弟のロベール(Robert le Magnifique)が後を継ぐ
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| 1027 |
10 |
14 |
F |
ギヨーム征服王がロベールと皮職人の娘エルレヴァ(Herlèva)の間に生まれる
私生児なことからバタール(Guillaume le Bâtard)とあだ名される
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| 1031 |
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F |
フランス王ロベールII世が亡くなる。息子のアンリI世(HenriI)が後を継ぐ
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| 1035 |
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F |
ノルマンディー公ロベールが巡礼途中で亡くなり、ギヨームが後を継ぐ
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| 1035 |
11 |
12 |
E |
カヌート大王が死ぬ。息子のハロルド・ヘアフット(Harold Harefoot:兎足)がイギリス王になる
弟のハルタカヌート(Harthacnut)がデンマーク王になる
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| 1036 |
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E |
エドワードとアルフレッドがイギリスに攻め入るが失敗
アルフレッドが捕まり目を潰されて殺される
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| 1040 |
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E |
ハロルド・ヘアフットが亡くなり、弟のハルタカヌートがイギリス王を兼ねる
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| 1042 |
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|
E |
ハルタカヌートが亡くなる
エテルレッドとエマの子エドワード懺悔王(Edward the Confessor)がイギリス王になる
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| 1043 |
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ハラルド・ハードラーダがビザンチンの傭兵を辞めキエフに滞在
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| 1045 |
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カヌート大王の甥のスヴェイン(Svein Estrithsen)がノルウェー王マグヌス(Magnus)に対し
デンマークの独立を宣言。以後20年間の抗争の入る
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| 1045 |
夏 |
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ハラルド・ハードラーダがスウェーデンに入る
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| 1047 |
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F |
ギヨームがアンリI世の助けで貴族の反乱軍をヴァル・デ・デュン(Val-des-Dunes)にて破る
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| 1047 |
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ノルウェー王マグヌスが死ぬ。ハラルドがノルウェー王になる
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| 1050 |
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F |
ギヨームがフランドル伯ボードワンV世の娘マチルダと結婚する
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| 1051 |
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E |
ゴッドウィン伯がエドワード王と対立。一族は国外に逃亡
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| 1052 |
6 |
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E |
ゴッドウィン一族がイギリスに戻る
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| 1053 |
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|
F |
ギヨームが叔父のギヨーム・アルク伯を破る
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| 1053 |
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E |
ゴッドウィンの息子ハロルドがウェセックス伯になる
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| 1054 |
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|
F |
ギヨームがフランス王アンリをモルトメール(Mortemer)に破る
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| 1055 |
10 |
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E |
メルシアのエルフガル(Aelfgar)とウェールズのグルフィド(Gruffydd)がイギリス王に反乱
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| 1057 |
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|
F |
ギヨームがフランス・アンジュウ連合軍をヴァラヴィル(Varaville)に破る
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| 1060 |
7 |
4 |
F |
フランス王アンリI世が亡くなり、息子の8歳のフィリップI世が後を継ぐ
フランドル伯ボードワンV世が後見人になる
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| 1060 |
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|
F |
アンジュウ伯ジョフロア(Geoffroy)が亡くなり、アンジュウは後継者争いに入る
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| 1063 |
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|
F |
ギヨームがメン(Maine)を手に入れる
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| 1063 |
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|
E |
ハロルドがウェールズの反乱を抑える
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| 1065 |
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|
E |
ヨークシャーでハロルドの弟トスティグ(Tostig)に対し反乱が起きる
トスティグはフランドルに追放される
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| 1066 |
1 |
5 |
E |
イギリス王エドワードが死ぬ。翌日ハロルドがハロルドII世として戴冠
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| 1066 |
5 |
|
E |
トスティグがイギリス南東部のケント、サンドウィッチを攻撃。スコットランドに逃れる
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| 1066 |
8 |
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F |
ギヨームが遠征軍をカン近くのディヴ・シュル・メール(Dives-sur-Mer)に集めキャンプを張る
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| 1066 |
8 |
末 |
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ハラルド・ハードラーダの艦隊がノルウェーを離れる
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| 1066 |
9 |
8 |
E |
ハロルドが兵役期限切れになった艦隊を解散させる
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| 1066 |
9 |
12 |
F |
ギヨームが遠征軍をサン・ヴァレリ・シュル・ソンム(St-Valéry-sur-Somme)に移動させる
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| 1066 |
9 |
18 |
E |
ハラルド・ハードラーダがイギリスに上陸
ノザンブリア泊のモルカー(Morcar)とメルシア伯のエドウィン(Edwin)を破る
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| 1066 |
9 |
25 |
E |
ハロルドがハラルダ・ハードラーダをスタンフォード・ブリッジで破る
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| 1066 |
9 |
28 |
F |
ギヨーム軍がイギリス南部ペヴァンシー(Pevensey)に上陸
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| 1066 |
10 |
14 |
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ノルマンディー公ギヨームがイギリス王ハロルドII世をヘイスティングスの戦いで破り、
イギリスがノルマン人の支配下に入る(ノルマン・コンクエスト(Norman Conquest))
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| 1066 |
12 |
25 |
I |
ギヨーム征服王がイギリス王として戴冠する
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| 1086 |
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E |
イギリス版検地帳ドームズデイブックが作られる
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| 1087 |
9 |
9 |
E |
ギヨーム征服王が死ぬ。長男のロベールII世(Robert Courteheuse)がノルマンディー公に
次男のギヨームII世(Guillaume le Roux)がイギリス王になる
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| 1096 |
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第一回十字軍。ロベールII世が従軍
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