File137 2005年音楽シーン予想〜ずばり言うわよ!!AGIZA編@


いずれ「ビーイング変遷史2004年」で記すが、2004年のGIZAは、1998年の設立以降最低の結果になったといっていいだろう。とりまく環境はあまりに寒かった。果たして2005年のGIZAはどうなるのだろうか。大胆且つ繊細?に行っていく。

今年まず確実にいえるのは、大学を卒業した倉木が積極的な対外活動を行うこと。今まで以上に彼女を主軸としてGIZAが動くと予想する。
DVD発売を封切とし、今月にはニューシングルが発売される。そして、既に確定している全国ツアーは、恐らく5thアルバムを引っさげてのものになることは間違いないだろう。今までは学生生活があり、どうしても活動に制約があったのだが、今年からは専業アーティストとしての本格的な活動をしてくれることだろう。個人的にあせって作った感の否めない4thアルバムの出来に納得していないので、5thアルバムは1st・3rdに匹敵するかそれ以上の作品であることに期待したい。

ガーネットクロウに関しては、ライブツアーで盛り上げてくれるものの、アルバムを昨年12月に出したことから、今年のリリースに関しては、恐らくシングル1・2枚のみにとどまるのではないだろうか。あの4thアルバムの出来・作風を考慮するに次作の製作にてこずるのは必死。ほぼ1年少しで1枚というペースを堅守した彼らであるが、今回ばかりはそうはいかないだろう。アルバムが出ないのは残念であるが、短い期間で駄作を出されるのは絶対容認できないので、じっくりと時間をかけて5thアルバムを作っていただきたい。そう、今までの日本のグループアーティストの誰もが見せることの出来なかった領域のものを期待したい。もはや彼らの比較尺度となるのは彼らの過去の作品と名アーティストの名盤のみ。

GIZAに関しては、倉木・ガーネットクロウの2大アーティスト体制が2005年、さらに強化されると考えている。

愛内、三枝に関しては、音楽性や戦略の抜本的見直しがない限り、2005年の活動はさらに厳しいものとなるだろう。外見のファンや何が何でも彼女らを好き、という盲目的なファンには申し訳ないが、「音楽のファン」である私にとって彼女らの作品は評価できるものではない。
愛内に関しては、HR/HM・ラウドロック路線への傾倒を見せ、それなりの完成度のものを提示してはいるものの、この手の主アーティストを凌げるものではない。奮闘振りは評価に値するが、そうであっても100点満点で80点ぐらいといったところだろう・・・。技量ではなく、もって生まれた声質や歌唱スタイルといったものが、総じて「軽め」「かわいい」であり、この手のジャンルで必須というべき「凄み」「鋭さ」「激しい情感表現」に残念ながら欠けている。そしてそのことが、彼女のウリとしている詞のメッセージ性の提示にも悪しき影響を与えてしまっている。この手のジャンルは詞の内容以上に旋律とのはまり具合、つまりはノレるかどうかが重要となってくる。故に力強い歌唱と演奏が、詞の表現を妨げてしまっているのである。もちろんそれは、詞とファッションとを融合さす彼女の個性にも悪しき影響を与えていると考える。早晩壁に突き当る、どころか、既に4thでその壁を見せてしまったのではないだろうか。
そしてもう一つ。今の彼女のようにファッション性を前面に押し出すことが評価される時代ではなくなっていること。過剰なまでのファッションへのこだわりは、もはや浮いているといってもいい。平原や大塚、一青窈などここ数年で支持を受けたアーティストはファッション的な何かを感じさせはしない。浜崎登場以降、女性はアーティストにファッション性を求めてはいたが、本家の浜崎をはじめ、もうそういった時代ではなくなった。既に女性は雑誌モデル出のタレントや女優にそれを求めるようになっている。

4thレビューや掲示板でも少し書いたが、彼女を再び倉木・ガーネットクロウに比する存在にするには、大きく分けて2つある。
まずは、3rd以降の路線をやめ、彼女の最大の魅力であった「メロディアスさと力強さとの高度な融合」の路線に戻すこと。そして、もう一つは、今まで彼女が執拗に行ってきた過剰なファッションへのこだわりに区切りをつけさせること、ではないだろうか。

三枝に関しては、セクシー小町路線や大塚台頭後に大塚路線をとった戦略そのものが今日の失墜の発端であろう。が、このこと以上に深刻なのは、曲の質の悪さと作詞家としての彼女の質の低さ、そして地下アイドル的なビジュアル戦略&音楽性の不明確さである。前者に関しては、「君と約束〜」「笑顔でいようよ」「君のハートに胸キュンA」などではそのことが顕著に出ている。申し訳ないが、これほどまでに貧困でメロディー無視の作詞をする人を他に知らない。後者に関しては、一体に何を目指したいのか皆目見当つかない。4thでセクシーさを押し出し、5thではタトゥーを意識し、6thでバンド化し、8thでは大塚的な路線を打ち出しと全く節操がない。この変化を明確に説明できる人はいないだろう。誰しも年月がたてば音楽性は変化するものだが、これはあまりに不可解。
愛内に関しては、重傷ではあれど、それを回復させるための処方箋ははっきりしている。しかし、三枝に関しては、もうその段階ではない。どのような治療を施したらいいのか、私にはわからない。1stミニアルバムの路線に戻る、というのが一番なのだろうが、今では効果があるのかすら疑わしくなってきた。一体この先何をしたいのか、真剣に考えるべきであろう。

三枝と同期の北原愛子に関しても、現状はかなり厳しいものがある。元々GIZAならではの哀愁路線とラテン要素の融合が、彼女のウリ要素であった。そしてそれは、彼女の無敵のルックスもあり成功を収めたといえる。が、1stアルバムにおいては、小澤が製作の主導権を握ったことにより、タトゥーのようなデジタルロック〜しかも出来損ない〜になってしまい、さらに北原史上最低の駄曲「思い出にスクワレテモ」では何の路線かすらわからなくなった。北原は元々器用な歌い手ではなく、哀愁を帯びた特定の曲調において魅力を発揮する歌い手である。三枝と同様、今の彼女の戦略もよくわからない。ビジュアルに惹かれた超熱心なファン以外の支持を得るのは、今年もますます厳しさを増すように思う。

愛内・三枝・北原に共通しているのは、共に一般路線からどんどんかけ離れていること。しかもそれは、アーティスト性を確立したとか、孤高の音楽性を見せたとかの好意的解釈ではなく、いうなれば「地下アイドル路線」というべきものである。ビジュアルは1流、音楽は2流、売り上げは3流、ファンである私ですら認識せざるを得ないGIZAの現状ではないだろうか。2005年それを克服するのは、相当困難であり、かなりの労力と努力と運とが必要になることはいうまでもない。

次回からは竹井・菅崎・岸本や、これからデビュー予定のアーティストに関し記していく。





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