File127 暴走する音楽業界〜変わりゆく聞き手の状況G


音楽業界を考える上で重要な要素の一つに、HMVとかヤマギワソフトとかタワーレコードとか新星堂とかといった販売店があろう。しかし、販売店に関しても多々問題がある。
最たる問題は、どこにいってもあるものはあり、ないものはないという品揃えの画一さではないだろうか。
店員の音楽知識も影響していると思うが、結局のところマスコミやレコード会社思惑そのままに、与えられる商品をただ陳列しているという感がぬぐえないからであろう。まあこれは書店業界でも同じような問題があるのだが、逆に書店に関しては絶対的な品数の多さが故の選定作業がどうしても不可避であるので、その点においては、消極的ではあるが、店や担当者の思想が出ているように思えるところもある。だが、音楽屋に関しては、長年CD屋を回っていて、どうにも店ごとの特色というものを感じ取ることができない。もちろん私にその判断能力がない、と言われたらそれまでなのだが、しかし、音楽は本に比べ種類・点数の少なさからより一層そのことを感じてしまうのである。
それと、本と比べ、テレビやラジオや雑誌といったメディアでアーティストや曲が取り上げられる機会が圧倒的に多いことも、各店舗ごとの品揃えが均質的になってしまう理由といえよう。特に洋楽アーティストに関しては、もう有力レコード会社のご意向よろしくっといった感じで、全く芸のない、レコード会社から送られてくる拡材をそのまま使用した陳列ばかり。もちろんそこに店の方針や店員の思想などを感じる余地はない。しかし、数は少ないが面白い店もある。
ヤマギワソフト名古屋メルサ店のHM・HRのコーナーは非常に優れている。そこの試聴器では、いわゆる人気筋・売れ筋の商品と並び、担当者が独断と偏見で推薦する作品を聞くことができるのだが、その試聴器につけられている担当者のコメントがかなりアツイ。この分野の音楽が本当に好きで、実によく聞きこんでいるなということが非常によくわかる。作品を選ぶセンスもかなりあり、何度ここで予定外の作品を買わされたことか・・・。今は人減らしもかなり進み、店頭に店員がいることがかなりなくなってきている。恐らくかなり少数の人間が商品管理に従事しているのだろうけど、少数が故の忙しさから店員のもつ高度な知識や情報を客に還元することが出来なくなってきているのではなかろうか。よってレジに突っ立っているだけの、音楽の知識がない店員ばかりが増えてしまい、レコード会社や本部の支持そのままの面白みのない店作りになってしまうのだと思う。店員の知識のなさを感じた一例が最近あったので、それを示そう。
以前、予約した新居昭乃のCDを取りにヤマギワソフトのナディアパーク店に取りに行ったとき、そのCDを店員が持ってくるのに10分以上待たされた。予約を受けるときは専用のコーナーかメインのレジどちらかなのだが、そのCDが来たときの管理は各コーナーごとに行っていることが災いした。つまりは新居昭乃の作品は「アニメコーナー」で扱っているのだが(やりとりしているとき恐らくこれが原因なんだろうと思ったのだけど・・・)、レジにいた4人全員がそのことを知らなかった。というか新居昭乃の存在自体を全く知らなかった。邦楽売り場であるにも関わらず。散々待たされた挙句、いかにもやり手という女性店員が私の思っていることと同様のことをその店員らに指摘して問題が解決したのだが、明らかに不勉強の感は否めない。新曲を出せば一応はオリコンの上位に入る彼女の存在を知らないのも問題だが、それ以上に知らなかったときにどうするかの対応が全くなっていないといえよう。
今は何でも均質化マニュアル化の時代になっていて、人間の持つ力や知識を感じられなくなってきていて誠に残念。上記ナディアパークメルサ店のHR・HMコーナーのように気骨と豊富な知識と信念とを感じ取れる店が本当にないなと感じずにはいられない。
杓子定規的な販売陳列方針、店員の知識と音楽に対する思いのなさ〜本格的に音楽に興味をもって10年くらいになるが、ここ10年で各有力店の品揃えがよくなるどころか著しく悪くなっていると感じるのには、このことがあるからではないだろうか(ヤマギワロフト店も邦楽売り場のスペースが激減したし、上飯田にある「太陽サウンドオン」も以前は別々になっていたHR・HMと洋楽ポップスの売り場を混在させてしまい各コーナーの質が著しく下がってしまっている。先日オープンしたアピタや名駅の高島屋にある新星堂はそもそもの基本CDの品揃えがかなりお粗末)。
もちろん音楽業界自体が下火になっていることや、音楽に対する人々の関心が薄くなっていることもその大きな理由なのだろうが、やはり悲しいものがある。

そして、店頭のこととは別に販売店に関し大きな不満がある。今の業界が推進する悪辣な動きに対して、メーカと聞き手の中間の立場にあり、聞き手の意見が反映される場であるはずの販売店が、殆ど批判らしき批判を展開していないことである。
輸入権に関しては、HMVとタワーレコードが社として反対の立場を示しているが、CCCDや無駄としか思えないような豪勢なおまけとかに関しては、そのような意見が聞かれない。これはどういうことだろうか。CCCDに関しては、それを扱う立場であることからメーカーに対しクレームをいってしかるべきだと思っているのだが・・・。

なんか論が迷走暴走してきているが、最後に聞き手に関して、少しお説教臭いものの言を呈して論稿を終わりにする。
それは@話題や宣伝文句に振り回されずに音楽を聞いてほしいこと。A好きなアーティストのCDはできるだけ買ってほしいこと。の2つである。
@に関してだが、特に洋楽や大手メーカーの戦略に乗せられすぎのきらいはないだろうか。大手やマスコミが一体となって売り込まれるアーティストが本当にそれに値するのかどうか、一度考えてほしいと思うことがここ数年多々ある。特に洋楽ブームが始まってからというもの、その思いはますます強くなってきている。十二学房しかり、タトゥーしかり・・・。まあ、音楽とは個人的なものなので、究極的なところはどのような作品に対してどのような評価を下し聞き方をしようと当人の勝手なのだが・・・。そうであってもヤフーやHMVのレビューや感想を見ていて、本当にそうなのかいなと感じてしまうものが多々ある。いわゆる音楽を聞き分ける能力以前に思想を感じ取れないのである。自分なりの考えをもって音楽と向き合ってほしい。
それと、小泉とか、映画の宣伝で一般人が感想を述べるものに象徴されるように、現代人の悪い点に、やたらと誉めすぎで、「感動した」「泣けた」といった言葉が多々見受けられることがある。これといった理由なしに安易に使用すべきではない。どうも極端すぎる。
そして、最後はA。学生の方とかをはじめ、金銭事情がゆとりがない人が多いだろうし(自分もそうですけど)、他にもお金の使い道があるのもわかるのだが、本当に好きな作品に関しては、きちんと新品で買ってほしいと思う。別にすべてでなくていい。1組でも2組のアーティストでも 、ないしは、1作でも2作でもいいから。そういった行為が、アーティストを生きながらえさせる一番の方法だといえよう(今の私はガーネットクロウ・小松未歩・竹井詩織里・熊木杏里は全作買う様にしている。)。好きなアーティストの好きな作品までも、レンタルや中古で済ましてしまうのは、残念なように思うのだ。


長い駄文に付き合っていただきありがとうございます。何か思っていたものとだいぶ違う内容になってしまったような気がして、消化不良の感もありますが、本稿はこれで終わり。
次回からは、GIZAアルバム詳細評論〜竹井詩織里、ないしは宇多田新作を入手できた際には、「宇多田VS倉木論第3部」をやる予定。そしてその後は、「特徴的な声質と高度な歌唱技術は武器足りえるか?」を予定。年内はこれで終わりだと思います。ということでよろしくお願いします。





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