File123 暴走する音楽業界〜変わりゆく聞き手の状況C


業界の一連の動きは、本来認められているはずの「私的利用の範囲内の複製」をも認めてはない。通勤通学時間に聞く用の、わざわざ製品版をもって行きたくないがための複製、ないしは自分の好きな曲を編集した「マイベスト」的複製をも、この先において認められなくなるということである。
だが、今までCDを複製したり、複製したCDを家族なり友人なり交際相手なりに渡したことが一度もない人は、恐らく殆どいないだろう。何千枚何万枚と人にばら撒いたり、それを元手に裏でアコギな商売をしているといった行為は論外であるが、上記のような行為を取り締まったり規制したりすることが、売上の低下や音楽業界の発展のために意味があるのだろうか。
CDをいくら買ってもお金に不自由しない金持ちならいざ知らず、音楽を本格的に聞き始めるであろうローティーンの少年少女や貧乏青年たちにそれを強要することは、逆に業界の発展にとって大きなマイナスになるように思えてならない。
自分もそうだが、人からCDを借りたり(これだって厳密にいうと違法)貸したり、コピーMDやCDをもらったりして音楽に対する造詣や関心を深めた人は決して少なくないはずだ。こういった行為はラジオ音源をカセットに落とし込んでいた70年代・80年代にも頻繁に行われていた。生活上の問題や資金的な問題から、本来は聞くことができないアーティストの曲らを、ほめられはしないもののないものの、こういった方法によって聞いて感動した人の中に、今の業界を支える偉大なアーティストになったり、有名なライターや評論家になったりした人がきっといることだろう。逆にいうと、こういった方法を用いた出会いがなかったとしたら、音楽に携わっていなかった人がいたとすらいえるだろう。今CCCDを普及させようと躍起になっている人々の中にもきっといるのではなかろうか。
今はパソコンでの複製やネットからのダウンロードなど、過去にはなかった「デジタルによる音質劣化がない複製」要素がでているが故の問題はあるが、本質的なものはあまり変わっていないように思うのは、私の思い間違いであろうか。
違法なコピーが売上を落としているというのも確かに事実ではあろうが、コピーを通しての音楽との出会いが、一方で売上につながっているのも又事実。資金的な余裕がない若者を中心に、厳密な購入作品の限定や音楽に対する関心を持つ上で、複製が有効なのはいうまでもないことだろう。もし、私的複製やダウンロードを一切規制した場合、結局のところ人々が所有する資金に変化がないことから、購入するCDの厳選が強くなり、誰でも知っている有名アーティストの作品や、はずしがないことが確実の作品以外総じて売れなくなることは必死。つまりは試しに聞いてみよう・買ってみようといった行為を通じて、新たなるアーティストや曲の発見が行われないことを意味している。こういった状況においては、レコード会社の利益や音楽活動による生活を可能とするアーティストが激減し、市場や業界そのものに魅力がなくなることは確実だろう。業界も冒険的な採用や曲作りがますますできなくなり、無難なアーティスト起用や曲作りに終始→さらに曲やアーティストに魅力がなくなる→市場のさらなる縮小、の悪循環である。
しかし、売上低下に関し業界が考え行うことは、自分たちのご都合ばかりを優先した保護政策や規制や法案の成立によって聞き手を締め付けることではなく、どんな状況・時代であっても、人々に「コピーやダウンロードではなく、原盤で買わそう」と思わせるほどの曲を提供したり、そのような曲を作りだせるアーティストの発掘・養成を行ったり、新たなビジネスモデルを確立したりすることではないだろうか。私にはCDの売上が下がったのには、デジタル時代が故の複製もさることながら、音楽バブル絶頂期にかまけて、聞き手に魅力を感じさせるアーティストをきちんと育ててこなかったり、売上が落ちていく中で増収増益のための営業努力をきちんとしてこなかったりした業界の怠慢や古い体質にあるように思えてならない。次回以降はこのことについてや、音楽業界がこの先も生存していくにはどうしたらいいのかについて述べいこうと思う。






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