File111 宇多田VS倉木論 第2部C


今回から倉木麻衣の課題・問題について述べていく。
今まで膨大な分量を使って語ってきたように、倉木はあまたいる世のアーティストたちと比べても、本人の歌い手としての資質、曲の完成度といった面でかなりの水準にある。
98年の宇多田・MISIA、モーニング娘、椎名林檎らの登場によって大きく動き出した音楽シーンの中、倉木は1年遅れで登場する。98〜2000年にデビューし業界を動かしてきたアーティストらが、宇多田を除き総じて苦戦するか、シーンから消え去っているか、残っていてもたいした影響力や優れた曲がないとかといった状態になっている。
今の倉木は業界に対する影響力という観点では、以前に比べかなり低くなっている現状を認めなければならないだろう。ただし、優れた曲を安定している・安定した活動を行なっているといった観点では、依然として業界のトップクラスだと考えている。デビュー当初の売れるアーティスト・話題性のあるアーティストから、息の長いアーティスト・記憶に残るアーティストへの変化が上手くできているからに他ならない。同時期に登場した多くのアーティストがこの点に関し失敗している。矢井田や島谷はその最たる例である。大掛かりな全国ツアーを精力的にこなし・良作を送り出す倉木は、例え売上枚数がかつてほどないにしろ、その活動振りは賞賛に値する。それを可能としたのは、他のアーティストらと違い、シーンに登場したときに倉木が完成形から程遠かったことにある。潜在能力は別にして、出てきた当初のアーティストとしての「技量」においては、倉木はある意味低かった。しかし、活動5年以上という期間で、他のアーティストに見られない格段の成長を見せ付けた。作品毎に音楽性と歌唱の枠を広げていく様は、その顕著な例である。今までの述べてきたように、倉木の秘められていた資質の凄さと、それに磨きをかけることを怠らなかった倉木の精神性がもたらしたといってもよい。だが、倉木に問題・課題はないのだろうか。今後も今までのようにいくのだろうか、と考えたとき一抹の不安を感じずにはいられない。その不安が一体何かというと、それは「倉木の長所とGIZAという組織」に集約される諸所問題であろう。両方ともがそれぞれに大きな影響を及ぼしているものの、まずGIZA絡みのことを記していく。

倉木を発掘し、育ててきたのは、間違いなくGIZAである。GIZAあっての倉木といってもいいのだが、まずこのGIZAという組織が倉木の弱点を構成する大きな要素になっている。
GIZA創成期に比べ、一向に回復するどころか落ちまくっている日本の経済状況、デジタル技術の進化、他のエンターテイメントの登場、人々の嗜好の変化などといった問題から日本の音楽業界や各レコード会社の力が日々弱まっている。GIZAも当然のことながらそのあおりを受けている。小松未歩や倉木麻衣が当初ほどの売上を、音楽シーンの変化や戦略の愚かさ(後に記します)といった要因で、わずか数年で挙げられなくなってきてからというもの、会社組織としての弱体化を露呈している。まずはタイアップ。ビーイング期は有力企業のCMやゴールデンの番組などで取れていたものの、今では名探偵コナンを除き、深夜枠のアニメやローカルな番組に限られてしまっている。
そして売上の低迷による弱体化が人材の弱体化という問題をもたらし、それがさらに組織力の弱体化をもたらすという悪循環に陥っているといえるだろう。作曲者の人材枯渇は、倉木だけではなく、GIZA非作曲アーティストを考える上で深刻極まりない問題となっている。
現状でGIZAの一線を張っているのは大野と徳永の2人だけだといえる。もう1人有力な作曲家に川島だりあがいるが、2003年になってから殆ど曲を作っていないし、そもそも倉木の曲を一曲も担当してはいない。一方、大野・徳永以外の作曲家の質〜小澤・宝仙・加藤・村田・三好・間島らがここ2年近く、水準以上の評価に値する曲を作れていない。プロとしての技量を疑いたくなるような、ていたらくな仕事ぶりである。
それ以外に関しては、TUBEの春畑は倉木「風のららら」、北原「虹色にひかる海」と良曲を作ってはいるが、TUBEのメンバーであるし、生粋のGIZA所属でないことからかどうかは不明なものの、担当曲数が少なすぎる。ガーネットクロウの岡本も岸本や菅崎で良曲を作ってはいるが、今の所倉木との接点はない。岸本アルバムで曲を作った金子もまずまずの技量を見せてはいるものの、倉木との接点はないし、曲数も少ないし、まだ大野との歴然とした差を感じてしまう。
で、結局の所、倉木だけに限定してみると大野・徳永以外にろくな人材がいないということになる。しかし、この2名しかいないという実情が、この問題にさらなる深刻さを与えている。それは、貧困な人材状況によって、両名にかかる負担が圧倒的に増えたことにより、この両名の作る曲の質が落ちてきたことがある。
まずは徳永。徳永は倉木の3rdを名作たらしめるのに多大な貢献をした。が、他の人材が貧困なので、相対的に彼が優れて見えてしまうところが悲しくもあるのだが、彼の曲は、まだまだ曲の出来不出来のムラが多い。時に★3つにも達しないような凡曲出してしまうことがあるのはいただけない。今の所倉木提供曲にはないが、倉木以外のアーティストでは「なんじゃこりゃ」という曲がある。三枝「君の瞳の中はミステリー」はまさにその典型だといえよう。しかし徳永以上に深刻なのは、GIZAのエースであり、倉木躍進の立役者といっていい大野愛果である。
かつての大野は、まさに別格の扱いだった。彼女があるアーティストの曲を担当するということは、GIZAがそのアーティストに対しかなり力を入れていることの証明であった。大野の曲の存在は、倉木や愛内やポスト倉木的な菅崎など、それが与えられるにふさわしい魅力を持っている者のみの「特権」といってもいい過ぎではなかった。大野の曲は、GIZAにおいて最強の武器であり、切り札であったのだ。GIZA有力アーティストの活動の節目節目には、必ずといっていいほどに大野の作る名曲があったのである。切り札としての役割があったからこそ、優れた資質を生かし大野は良曲を生み出していったといえる。だが、この図式も2003年以降崩れてくる。大野の担当者が倉木・菅崎から三枝を中心に、岸本らなど他者へと移ったころから、どうにもおかしくなりはじめた。曲の質が著しく落ちてきたのである。倉木「Time after Time」、菅崎「恋ごころ」といった超名曲がある傍ら、三枝の「CHU CHU LOVE」、ZARD「明日を夢見て」など、その出来に対して疑問と不満とを感じる曲が出てくる。さらにこの動きは、2004年になってからさらに加速度的に増している。ジュエリー、高岡、三枝、倉木に提供した曲、特に前者3組に対して相当に不満を感じる曲がついに出てきてしまった。かつての大野は★4つレベルの曲を当たり前のように送り出してきたが、もはやこれらは駄曲といってもいいレベルの曲である。ここ1年半、大野の曲の質はかなり落ちていると認識せずにはいられない。
大野曲の質の低下は、サイトで何度もいってきているが、歌い手の相性とか曲調とかを考慮せずに、やたらめったら「大野さん頼み」で大野に曲を作らせまくったことが原因である。
このことは次回以降の、倉木の長所が故の問題の所でも述べるが、大野の曲は倉木の曲の生命線であるが故に、大野曲の崩壊は倉木の今後を考える上で深刻極まりない問題を生じさせる危険性が多々ある。だが、GIZA絡みでの問題はこれだけではない。

次回からは、今回のことにも大きく関ってくるが、販売戦略面での問題を中心に述べていく。






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