File106 宇多田VS倉木論L


倉木の3rdアルバムは間違いなく歴史的名盤である。それは疑う余地はない。但し、個人的に名盤紹介の所に乗せてはいない。それには理由があり、それこそが今作の問題であると認識している。ただし、それは、すばらしい作品に対するインネンに等しいと、ファンの方ならば思うかもしれない。私もそう思っている。しかし、今作が非常に優れた作品であるからこそ、あえていいたくなるのだ。非難覚悟で記していく。

先ほど書き直した3rdレビューに記していることでもあるが、「コンセプトアルバムに徹し切れなかった」というのが、本作の唯一の問題であると考えている。それは、前回他事争論での各曲分析の所にあるように、コンセプトや作風に合わない曲がいくつかあったことに起因している。
やはり5曲目「Winter Bells」はコンセプトにも作風にも露骨にあっていない。次の曲「Loving You」がR&B曲であったので、5曲目から6曲目への切り替えという面では、さしたる違和感を感じなかったものの、アルバム全体の曲や4曲目の「key to my heart」との絡みを考えると、やはり問題があるように思える。
そしてもう1曲問題なのは「Like a star in the night」。ゆったりと落ち着いたバラード曲が故に、アルバムの雰囲気を壊してはいない。しかし、詞の内容は残念ながらあっているとはいえないだろう。
アルバム全体を通して聞いてみると、この2曲が全体の流れをやや阻害しているのではないだろうか。アルバム拡販のため、シングル曲を必ず収録するという業界の商的お約束に縛られたが故に、コンセプトアルバムであるのに関わらず、それに徹しきることができなかった。他の点に不満がないという今作のすばらしさが、ぴかぴかに磨き上げられた大理石にほんの少しであってもついたシミや傷が目立ってしまうように、深刻なまでとはいえないこの問題を一層浮き立たせてしまっているのが、今作の唯一にして最大の悲劇であったように思う。
歴史に「もしも」はない。不毛で非論理的なことをあえて記すが、もし業界のお約束や商的論理に縛られず、コンセプトに合わないシングル曲を廃し、アルバムの雰囲気やコンセプトに即した水準以上の質のオリジナル曲を盛り込むことができていれば、すばらしい名盤である今作を誰も追随できない至高の領域へ導いたと考える(自分のレビュー基準でいうと98点以上)。
実際の製品版の作品でも、申し分ない名盤だ。実際、今作以上の点をつけた作品は20作もない。そして、このレベルのコンセプトアルバムを今後作れるアーティストは、この先でてくるとも思えない。少なくとも巨匠、ガーネットクロウ、3大アーティスト級(柴田・鬼束・Fayray)の実力があったとしても容易ではないだろう。それ以上に、エンターテイメント性が重視されるジャンルで、さらに売上ランクの常連であるアーティストが、優れたコンセプトアルバムを送り出したという歴史的意義において、どのアーティストも太刀打ちできるものではない。だが、繰り返すが、それほどの作品であったからこそ、画竜点睛を欠くともいえる曲構成の詰めの甘さは、どうにも腑に落ちないのである。

しかし、今作は、「宇多田のパクリ」発言をはじめ、様々な誹謗中傷や過小評価を与えられ続け、鎖のように倉木を締め付けていた様々な呪縛から完全に解き放ったといえる。この作品発売以降、倉木と宇多田を是が非でも結び付けたい外野の声は急速になりを潜める。それだけでなく、宇多田を始めとして、業界に存在する同種アーティストに絶対に埋まらない決定的な差を見せ付けたといってもいいだろう。次回の予告的話になるが、それは倉木麻衣というアーティストの本質、長所にも大きく関わってくることでもある。

第一部はこれで完結。次回以降からは、宇多田と倉木の長所ならびに問題点、そして今後の課題について記していく。






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