File103 宇多田VS倉木論I


倉木の3rdはいろんな角度からの分析に足る作品だと考えているが、ここでの分析は、前回で記したとおり「コンセプトアルバム」という言葉をキーワードとして行なっていく。かなり長くなりますが、お付き合い下さい。

コンセプトアルバムは、前回に記したように、スポーツにおける「心・技・体」と同じような意味で、「歌・曲・詞」のすべてが高いレベルであり、さらに絶妙のバランスを取っていないと、聞くに堪えないものとなる可能性が非常に高くなる。さらにそれらを持って表現するコンセプト=表現主題そのものの選定が上手くいかないと、単なる自己満足の領域に陥ってしまう危険性も多々ある。そう、コンセプトアルバムにおいて最も重要なものの1つとして、まず「表現主題」がある。手前味噌で申し訳ないですが、ここでプログレッシブロックの名盤(@ピンクフロイド、Aドリームシアター、Bクイーンズライクの3者の作品)をいくつかを挙げ、それと倉木の作品との表現主題の比較を行ないたい。まずこの3者を見てみよう。
20世紀最高最強のアルバムに、ピンクフロイドの「THE DARK SIDE OF THE MOON」(日本名「狂気」)(21年間、741週イギリスチャートベスト200に入る、3000万枚の売上)がある。この作品は、金、時間、人間描写、自然描写などを通して人間の感情の奥底に眠る狂気を、このアルバムでいうところのTHE DARK SIDE OF THE MOON=月の裏側(でいいのかな)として描き出している。
また名盤の誉れ高いドリームシアターの「Metropolis Rart2:Scenes from a Memory」では、5人の人物を登場させ、作中における現実世界とその異世界(過去)である「メトロポリス」を通して、それら人間の感情や心理を描写することにより、輪廻転生・禁断の愛・人間の尊厳という表現主題を描いている。
HR/HM史上最高のコンセプトアルバムの1つであるクイーンズライクの「Operation Mindcrime」では、集団や政治、戦争などが個人に及ぼす心的影響を、作品に収録してある全部の曲をもってストーリー仕立てで表現したものである。
では、倉木の「Fairy tale」はどうなのだろうか。このアルバムについては、当サイトと相互リンク関係にある、ちゃぶー様運営「倉木麻衣の研究〜A Study In Mai-K」において、実に優れた評論がされている。このサイトでの評論を参考にすると、今作はファンタジーをキーワードとし、「マージナルマン」を表現主題としたコンセプトアルバムと定義づけることができよう。マージナルマンとは学術用語であり、その概念は

@「所属ないしは準拠集団の二元性に基づく二重の自我ないし自我分裂。」
A「双方の間を往復し、いずれの一方にたいしても「過同調」の様相を帯びさるをえない、不安定な動揺的態度」
(弘文堂「社会学事典」より引用)

である。ここでいうところの「マージナルマン」とは、ずばり、「当時の倉木を始めとした、おとなとこどもの端境期にいる人々」である。それを、作中における倉木の詞によって描かれた「夢と現実」「おとぎの国の世界と現実世界」らというこども世界とおとな世界それぞれを象徴するものによって、おとなとこどもの端境期にいる人々の心的葛藤や、そうであっても、どうあがいても、嫌でも大人になってしまうという厳しい現実、並びに、それでもこども心も失わずにいたいという理想や夢を鋭く表現している。
この表現主題の設定は、上記プログレッシブロックの名盤らと比べても全く遜色はないだろう。それどころか生きている人すべてが、避けようもなく必ず経験することであるから、より普遍性と深さとを有しているといっていいだろう。誰が考えたかは不明だが、実にすばらしい設定としかいいようがない。さらに、10代半ばから芸能界に入り、様々な大人の事情や業界論理に振り回され、それでも業界第一線に立つまでのアーティストとなった倉木だからこそ、この表現主題は通常のアーティストがやるよりも一層の説得力があるといえる。
ただし、表現主題がいいからといってそれが即良作や名盤になるわけではない。主題を表現する曲や詞や歌がしょぼいと、それは地盤の弱いところに立派なお城を建てるようなもので、逆にその主題の大きさから救いようのない醜態をさらすことになるからだ。繰り返していうが、前回や冒頭に記した「歌・曲・詞」などすべてが高いレベルとバランスを有していなければならないということであり、コンセプトアルバムの難しさでもあるからだ。単にシングル曲を中心に、ストックしてあるアルバム用の曲を選んで組み合わせればいいという通常の作品とは趣が異なってくる。全くの別物なのだ。

次回はコンセプトアルバムの重要要素である「1曲目」の解説をしていく。






botan2.gif
他事争論過去一覧へ


botan1.gif
ホームへ