File99 倉木VS宇多田論H


「Deep River」VS「FAIRY TALES」

・総論

誰が最初にいい出したか分からないけれど、「勝負の3作目」とよくいわれる。その言葉の真偽はさておき、両者の3作目は共に劇的な音楽性の変化を見せた問題作品ではないだろうか。
1作目ではR&Bを主軸とし、2作目では方法論は違えど洋楽色を強めたが、3作目は前2作で培った音楽性の継承発展というよりは、個人的には継承発展を随所に感じさせつつも、全く別のものを提示したのではと考えている。2作目で既に両者の音楽性の接点がなくなりつつあったが、3作目をもってそれは完全に消失したといっていいだろう。特に後に詳細に記すが、倉木の3rdアルバムは、今まで倉木を苛んでいた「宇多田のパクリ」を始めとした心無い言説とそれによる偏見や差別から、倉木を完全に解き放ったと考えている。3作目における両者の変化は、その出来の良し悪しや好みはさておき非常に興味深いものがある。
ここで各々の鍵となる要素として、宇多田は「洋楽色の薄まり」、倉木は「コンセプトアルバム」を挙げたい。以下この2つの要素の説明とあわせ、各々の3rdアルバムに対する分析や感想を記していく。

・宇多田ヒカル

宇多田の3rdアルバムの最たる特徴として、洋楽色の薄まり=曲の日本化と考えている。「SAKURAドロップス」「光」などのシングル曲を始め、歌メロ全体に日本の歌謡曲的な要素を感じてしまうのだ。このことは、作品に深みや円熟さを与えてはいるが、残念なことに洋楽ポップスやR&Bが総じて有している、曲の勢いや力強さというものをかなりの程度で奪い去ってしまったのではないだろうか。私は正直にいってこの作品が好きではないし、評価もかなり厳しくしている。その最大の理由として、過去2作で見せ付けた「宇多田ならではの勢い・突進力」というものをあまり感じないことがある。アルバム前半に収録されているシングル「Traveling」とか、アルバムオリジナルの「幸せになろう」「Letters」などには、「さすが宇多田」と感心させられるメロディーの切れ味があるものの、6曲目「プレイボーイ」から9曲目「A・S・A・P」までの歌謡曲的要素を感じない3曲や「Final Distance」からラストまでの曲に関し、総じてメロディーの勢いとか冴えがなく、聞いていて緊張感に欠け、退屈さがいなめない。
「オートマチック」「Can't you keep a secret?」「For You」「Colors」のように、天性の才能に立脚した、聞き手に有無をいわせない曲の圧倒的な迫力とか勢いとか切れ味並びに、それらによって聞き手を叩き潰しねじ伏せることが、天才宇多田の最大にして最高の魅力と認識している。故に、今作のような地味目なアルバムは、どうも守りに入っている感が否めず、過去2作のように、好きではないけど「やはり宇多田は凄いな〜」「さすが天才は違うな」という感想や魅力を感じ取ることができないでいる。宇多田ファンやこの作品が好きな方には申し訳ないのだが、このアルバムは凡作というのが、偽らざる私の本音。それでも冷静に考えたら、それなりによく出来た作品だと思わないでもないが、業界が誇る天才の3rdアルバムとして満足できるレベルではない。やはり天才には常に攻めの姿勢を持ってもらいたいと感じずにはいられない。

・倉木麻衣

一方の倉木はどうだろうか。宇多田とは対照的に実に優れた名盤であると考えている。
今作を聞いて、1stのR&B路線を主軸とした作風でも2ndのAOR路線を主軸とした多様さ溢れる作風のどちらでもなく、過去2作で培った要素をいい具合に融合させつつも、新たな路線を提示したことに衝撃を受けた。さらに衝撃的なこととして、作品全体を通して1つのテーマを表現した「コンセプトアルバム」であったことだ。まさかGIZAや倉木から「コンセプトアルバム」が届けられるなど、全く予想だにしなかった。
通常コンセプトアルバムというのは、プログレッシブロックとかHMといった、エンターテイメント性ではなく、芸術性や作品性が強く、求道的な要素を多々有している音楽で用いられる表現手法である。過去にビートルズがこの方法を取ったこともあったが、通常ロックやポップス、ましてや洋楽からの影響を感じさせ、且つエンターテイメント性や歌い手の歌唱技術や外見を重視しがちな日本の女性ロックやポップスにおいて〜さらにヒットチャートの上位を狙うようなアーティストにおいて、コンセプトアルバムを送り出すことは、業界常識からはかなりかけ離れているといえるだろう。
「コンセプトアルバム」というのは、はっきりいってかなり危険な要素をはらんでいる。アルバムを構成する曲・歌・詞並びにそれらによって表現される主題すべてが高いレベルにないと、ただシングル中心の構成にした通常のポップス、ロックアルバムに比べ、聴くに耐えないものになる可能性がかなり高くなるからだ。それは、「コンセプトアルバム」は作品を通して1つの一貫した思想を表現していることもあり、その表現しているものが聞き手に合わなければ、音楽的評価に影響することは避けられない、という側面にあるともいえる。ポップスやロックならではのエンターテイメント性が薄れるといってもいいだろう。はまる人ははまる、そうでない人にはそっぽを向かれる。どの作品においてもこのことはいえるものの、コンセプトアルバムはよりその程度が高い。

次回からはコンセプトアルバムをキーワードにして、アルバムについて詳細に解説していく。






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