File95 宇多田VS倉木論E


こうしていろんな要素を見ていくと、「宇多田のパクリ」といった言葉とは裏腹に、宇多田と倉木の間には、多くのことでかなりの違いがあると感じずにはいられない。
その違いは、そのまま倉木麻衣の特徴であり、真骨頂であるといえよう。
当時、宇多田を除くMISIAや小柳らを始めとしたR&Bが、本格派路線へと傾倒すればするほど、R&Bとしてのレベルや純度を高めれば高めるほど、聞きづらさと暑苦しさによって聞き手離れを助長する中、GIZAと倉木とがもたらした、ある種逆転の発想であり、本格派の陥る間隙を縫ったともいえる「聞きやすく、親しみ易く、なじみ易く」に特化した魅力がより輝きを増すことになる。今作は、より本格路線へと拡大していく日本の女性アーティストシーンに確実に歯止めをかけた。

私がアルバムレビューにおいて、1stアルバムを歴史的名盤と位置づけ、「今作は、20世紀の歌謡曲の中でも最も洗練され、そして多様性に秀でた作品であり、一つの完成形を提示した歴史的名盤であると思う。」と評価したのには、以上のことがあるからだといえよう。
本稿の最後になる両者の長所と短所のところでも恐らく述べることになるが、歌唱力や作曲能力を始めとしたアーティスト個人の資質も、宇多田の方が明らかに上である。ただし、アーティストやレコード会社の能力・技術・努力などの結晶体である「アルバム」の出来を比べた場合、完成度や安定感において、宇多田の1stアルバムは倉木のそれに遥かに及ばない、と考える。
そう、倉木が宇多田に勝っているといえる数少ない要素である「作品を通して聞くことの出来る曲の完成度や安定感」は、個人的にアルバム評価において最も重視する点であるからだ。売上や世間的な評価においては、両者の間に決定的な差が生じてしまったが、内容に関しては、全く逆になったといえよう。
いろんな所で倉木を論じているものが多いが、一つ個人的に大きく間違っているのでは、と常々考えていることに、MISIAや宇多田を論ずるときと同様に、「宇多田論」「洋楽論」「R&B論」といった領域だけで、倉木を論じているものが多い、ということだ。 そのことを無視して倉木を論じようとすると、「宇多田のパクリ」「単なるアイドル」「こんなものR&Bではない」などといったおかしな結論へと至ってしまう。特に、3つ目の批判は、R&Bでなくて当然。倉木は「R&B」ではなく、「R&B」を内包した、「R&B」的要素をも有した歌謡曲の進化形なのだ。故に、上記のような批判の言説を取るほうが、そもそも考え方として間違っていると、私などは思わずにはいられない。
今回は記念すべき1stということで、総論的な内容も示したこともあり、かなり長くなってしまい申し訳ありません。次回以降は、比較的完結に各アルバムについて述べていきますのでよろしくお願いします。
次回は小休止の意味もかねて「GIZA新人アーティストの通信簿」をやる予定です。






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