File93 宇多田VS倉木論C


まずは曲から考えていこう。これには、倉木の最高のパートナーであり、現代の楽曲提供者の中でも最高の実力を有している大野愛果の尽力によるところが大きい。
彼女の作るメロディーは、従来のリズム感や勢い重視のR&Bとは全く違う、繊細で且つ流麗さを有している。倉木並びに倉木の曲から感じ取ることのできる繊細さの構成要素として、彼女の作るメロディーラインは重要な役割を果たしている。倉木を他のR&Bアーティストらとは違う孤高の存在とさせたのには、そのメロディーラインが日本の歌謡曲の雰囲気を多分に含んでいるということがあるからだと私は考える。音楽的見地から本当にそういえるのかどうかは定かではないし、自信もないのだが、上記の曲らのサビメロなどにそう感じずにはいられない。聞いているものの心に「切なさ・感傷」などを抱かせる、そんなメロディーらに。

また、倉木や倉木の曲を考える上ではずすことのできない、彼女の所属レコード会社の母体であるビーイングという組織の存在がある。
この組織は、洋邦問わずに数々のヒット曲からその製作手法(ヒット曲をつくるためのノウハウともいうべきか)を取り入れ(悪く言えばパクリ)、それを洋楽で主軸となっている産業音楽的楽曲製作手法=詞曲分担製作制度を持って、数々の曲を世に送り出してきた。ZARDや大黒摩季、WANDSらといったビーイング黄金期を支えてきたアーティストらはその象徴だといえよう。倉木に関しても同様のことがいえる。
最もビーイングらしい特徴といえるのは、日本の伝統的な歌謡曲を基盤としながらも、それに、洋楽ポップス・ロックをはじめとした他のジャンルの音楽を貪欲に吸収し、一体化させることによって、各音楽ジャンルの境界線をあいまいにしたことと、日本において、さして一般受けするジャンルではなかった吸収元の音楽(初期ZARDやWANDSではハードロック、PAMELAHではユーロビートやダンスミュージックがこれにあたる。)を、商業的成功をも可能にする聞きやすくなじみ易さを有した、洗練された産業音楽の楽曲へと昇華してきたことにある。
倉木やビーイングの真意はともかく、倉木の音楽は、宇多田やMISIAのように海外の本格的「R&B」から派生したわけではない(もちろん影響を受けてはいるが)。
かつての洋邦問わずのヒット曲からビーイングがノウハウとして蓄積してきた歌謡曲と、「R&B」を高次元で融合させ、昇華させたものの上に成り立っていると私は考えている。YOKOの曲ではこの要素が薄れるものの、倉木の歌唱によって、結局は従来のR&Bとは違う雰囲気を有することには、なんら変わりがない。
当然倉木の曲作りビーイングの方法論が用いられていることは、ビーイング系列の今までのアーティストを見ていれば明らかであろう。倉木を考える上で忘れてはならないのは、倉木は『「R&B」アーティスト』というよりも、『「R&B」もやるアーティスト』ということである。
(なお、宇多田の曲にも、「宇多田の歌唱や詞における日本語の重要性」(HMVの宇多田コラムより)を考えるに、日本的な・歌謡曲的な要素を感じないでない。現にそういった意見もある。しかし、本場ならではのR&Bを、「抜群の日本詞の割り振りセンスと歌唱とをもって、歌い上げたに過ぎない」という考えを個人的に払拭するまでには至らない。やはり音楽のルーツの違いが、両名に対する見解の違い、特に音楽性に対する見解の違いを生み出しているのではないだろうか。)。

さらに倉木の曲を考える上で、忘れてはならないのが収録曲の多様性である。歌謡曲的要素があることも、そのうちの一つであろう。ただ、本作はR&B人気に便乗した作品であるが故に、倉木の現段階で発表されたアルバムの中でも最も多様性に欠けるといえる。しかし、そうであっても、1stアルバムで示された曲の幅広さは、他のR&Bアーティストにはなかったものであろう。
穏やかで且つ切ないミドルテンポの曲である「Secret of my hearts」「Stay by my side」。洋楽王道バラードの要素を感じる「Baby Tonight〜You&Me〜」。圧倒的な迫力や勢いとは無縁であるものの、少し気だるさを感じさせつつ、R&Bらしいグルーブ感に溢れている「Can't get enough」。ノリがよく、ラップもあり、曲調も比較的明るいのにも関わらず、切なさを感じる「NEVER GONNA GIVE YOU UP」。軽快なR&Bナンバー「Everything's All Right」。アイドル歌謡における切なさに徹底した洗練さが加わることにより、極上のもの悲しさを感じさせる「happy days」。R&B的ノリのよさがありながらも、実に流麗な歌メロが印象的な「Love day after tomorrow」などなど、実にバラエティーに富んでいる。

しかし、ここで強く主張しておきたいのが、曲の多様性を可能にするのは、大野を始めとしたGIZAの強力製作陣の作曲能力やビーイングの組織力以上に、倉木の歌唱によるところが大きい、ということである。そしてそれが、今までのR&Bとは違う、倉木ならではのR&Bを生み出したのみならず、日本の歌謡曲の進化をももたらした最大の要因といえよう。宇多田の歌唱との違いを若干検証しつつ、そのことを述べていく。






botan2.gif
他事争論過去一覧へ


botan1.gif
ホームへ