File92 宇多田VS倉木論B


今回から作品分析に入っていく。

・「First Love」VS「Dalicious Way」

1999年、2000年に発表された各々のアルバムは、日本の音楽史に残る空前の売上を記録した。その点に関しては、両作品とも紛れも無く歴史的名盤である。しかし、内容に関してはどうだったのだろうか。

日本音楽史上最高の売上を記録した宇多田の1st。今作が歴史的名盤足りえるのは、売上もさることながら、今まで日本の音楽史において決して主流になることのなかったR&Bを、本場の洋楽アーティストに負けず劣らずの高いレベルで提示したことにより、一気に日本の音楽、つまりはJ−popの代表的ジャンルへと発展させたことにあろう。このことはいくらいってもいい足りることはない。
世間から絶大な支持を受けたのには、今作の収録曲の完成度やプロダクションのよさだけではなく、堪能な英語の発音、天性のリズムセンスといったものであり、洋楽的でありながらも日本語英語を巧みに織り交ぜた秀逸な言葉運びによって、青少年の恋愛や人生に対する葛藤や喜怒哀楽を描き出した詞であり、そして、とことん扇情的で聞き手の心を揺さぶる歌メロと歌唱であるといえよう。
このことは、シングル曲である「Autmatic」「Movin' on without you」を始め、「甘いワナ」「B&C」といった曲から顕著に感じ取ることができる。LyricoやMISIAといった、宇多田以前で同様の音楽をやっていた優れたアーティスト達をもってしてもかなわなかった、「本場にも負けない高い完成度」「多くの人々に支持される」という2つの要素の両立を高次元でなすことが出来たのは、非常に陳腐な表現で恐縮だが、つまりは、宇多田が天才であるが故に、の一点に尽きるのではないだろうか。
しかし、ここまでは音楽史的評価を交えた総合評価。個人的に今作に満足したかというと、決してそうではない。彼女の扇情的な歌唱と歌メロには賞賛を惜しまないが、シングル曲を始めとして全体的にメロディーよりもノリ重視の作風ということ。終盤のサビの反復の多さによりくどさが否めないこと。そして何より曲の完成度にムラがありすぎることが、個人的に大きな減点要素となった。歴史上最高の売上にふさわしい作品の出来かというと、残念ながら私はそう思わない。これが私の偽らざる感想である。

一方の倉木麻衣の1stはどうだろうか。
プロモの内容が酷似していたことが、「宇多田のパクリ」という中傷を生み出すことになり、さらに尾ひれがつく事によって、倉木の作品をろくに聞くことなしに、「音楽もパクリ」という先入観を生み出すことにもなってしまう。声質が似ていたことも先入観を増大させた理由であろう。このことがアーティスト倉木の名を知らしめる格好の宣伝材料となったのは、なんとも皮肉であるが、今になってもなお倉木を苛んでいることも間違いないだろう。音楽性に関しては、序論で語ったように「類似点があるのは否定しない。しかし、それでも音楽的には別物。特にR&Bに対する表現方法に対しては全く違う」というのが、アルバム発売当初から抱き続けている私の見解である。
私がこの見解に至ったのは、宇多田の作品を始め、当時R&Bシーンを作り牽引していた諸々のアーティストたちが和製的な洋楽の要素を感じさせつつも、基本的には「本場洋楽的要素の継承」であるのに対し、後者の倉木に関しては、サポートするアーティスト陣が作り出すサウンド以外の、詞・歌唱・歌メロといった音楽を構成する要素すべてや、それら要素が合わさって生み出される作品の雰囲気が、当時のアーティストらが提示する「R&B」とは根本的に違っていると考えているからだ。

倉木の作品を聞いていて感じることは、「R&B」のお約束・必然性ともいうべき(よくも悪くも、だが・・・。)、豪快なまでのノリよさ・強さ・くどさ・暑苦しさ・聞き手を圧倒する要素などがアルバム全体を通して殆どないこと。
それらに変わり、作品を支配するのは、従来の「R&B」では考えられない、否、あってはならない、聞きやすさ・馴染みやすさ・親しみやすさ・さわやかさ・柔らかさ・繊細さ・弱さ・脆さ・切なさ、などである。比較的「R&B」的な曲である「Stepping∞Out」「Can't get enough」であってさえも、宇多田を始めとしたその他R&Bアーティストとの違いを感じてしまう。上記項目を始め、何故その違いを感じるかについて、もう少し詳しく記していく。






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