File72 コピーコントロールCDは音楽業界を救うか@


今回からコピーコントロールCD(以降CCCDと記す)について、自分なりの見解を述べていきます。

今日の音楽業界を考えていく上で、CCCDを抜きに考えていくことは、もはや不可能な状況だということができるだろう。エイベックス・ソニー・ビクター・ワーナー・ポニーキャニオンなど、名だたる大手の殆どがCCCDを導入している。そうしてないのは、GIZAくらいか。
CCCDは、デジタル技術の進化がもたらした「CDのデジタルコピー」の横行によって、売上げが減るのを防ぐために、各社が導入していったことは既に周知のことであろう。
しかし、ここであえて、CCCDは必要なのか・許されるのか、レコード会社の言い分は果たして正当なのか、CCCDによってCDの売上げ減はとめられたのだろうか、などの疑問や問題を感じずにはいられない。
CCCDへの疑問や問題は、以下の点にあると私は考えている。

@どこのメーカーも再生保障していないこと

どんなに優れた音楽を出していても、どんなに優れた経営方針やアーティスト育成方針を有していても、それが社やアーティストに対する利益として帰ってこなければ、社もアーティストも活動をしていけないのは至極当然の事である。事実かどうかはとりあえず別にして、CDのデジタルコピーによって、真にアーティストやレコード会社の利益を損ねているのであれば、生存のための対抗手段としてコピーを防ぐ何らかの方法を導入することは、会社やアーティストサイドの考えとして致し方ないと捉えることができよう。しかし、CCCDはその方法として認めることが出来るのだろうか。私としては、会社サイドが述べる基本理念には賛同できるものもあるが、方法論としては全く認めることができない。それは、CCCDがCD規格ではなく、どこのメーカーも動作保障・再生保障をしていないことにある。
GIZAとエイベックスのCDを手にとってもらい、裏を見てもらえばすぐにわかることであるが、CCCDにはコンパクトディスクの規格に準じているというロゴが入っていない。→

つまりは、それは断じてCDにあらず、仮にコンポやCDラジカセで音楽が聞けなくても、再生したことが原因で再生機器が壊れたとしても、再生機器メーカー、CD販売会社共に責任を負わないし、負う必要もない、ということである。実際、音響メーカーで製品におけるCCCDの再生を保障しているところはない。
ソニーのお客様相談センターサイトのQ&Aでは、CCCDの再生に関し、「正しく再生できない場合があります。本機は、コンパクトディスク(CD)規格に準拠した音楽ディスクの再生を前提として、設計されています。最近、著作権保護を目的とした技術が搭載された音楽ディスクが販売されていますが、これらの中にはCD規格に準拠していないものもあり、本製品で再生・録音できない場合があります。」(そのまま引用)と記載されている。
自分の使用しているオンキョーのコンポ(X−A7X)の取説にも、「CDはディスクレーベル面にマーク(上記の)の配したものなど、IEC規格に合致したものをご使用ください」としっかり書いてある。
よって、ここで根本的な問題を認識せずにはいられない。CDを聞く手段は、幾分増えたとはいえ、CDラジカセ・コンポ・CDウォークマンといった音響機器と、プレステ2・パソコンなどの非音響機器の2つしかない。そのどちらにも動作を保障していないのは、出来損ないの粗悪品を売りつけていることに他ならず、「音楽を安心して聞く」という聞き手の行為を明らかに侵害している。
コピーガードはいいのか、デジタルコピーはいいのか、という問いかけ以前に、CCCDの規格のあり方そのものが商品として評価・容認することができないのである。
ソニーやパイオニア、ビクターなどCCCDを導入している企業は、一方ではCCCDを動作保証対象として認めていない音響再生機器を製造する企業でもある。実質は母体が一緒なだけで、殆ど別会社に近い状態なのだろうが、それにしてもこのことに私は失笑を隠すことが出来ないでいる。

A音質の問題

CCCDを考える上で問題としてよく言われることに、音質の問題がある。このことは、A:CCCDに用いた技術が故の音質の悪さと、B:パソコン上での再生時のWMA音源が故の音質の悪さの2つの意味合いがある。Aから述べていこう。

このようなサイトを運営し、このような論考を書いているにも関わらず、個人的に音質にはさしてこだわらない方だと思う。これにはいくつか理由がある。@楽曲と声質至上主義なので「音質は2の次」ということ。A耳が悪いこと。B狭くてしょぼい住宅事情もあり、音質を聞き分けることができるくらいの大きな音量で音楽を聞くことがないこと。Cオンキョウ製品という若干のこだわりはあるものの、使用しているコンポは所詮7〜8万程度のものであり、再生能力上の限界があること。の4つが主の理由である。
しかし、そうであってもCCCDが故に音質の悪さを感じないかというと、決してそうではない。だが、それはCCCDの作品だから無条件に全部音質が悪い、というわけではなく、個人的にはCCCDの技術的な問題に、音楽の種類や曲の製作環境の要素が加わることによって、音質の悪さがより深刻さを伴って生じるのでは、と思うところがある。
基本的にロックやユーロビート的な音楽では、音質の悪さをそう認識することはない。しかし、ピアノや歌を中心にしたアーティストや音楽制作にあまり予算をもらえていないアーティストの音楽に関しては、明らかにその限りではない。
まず前者。CCCDによる悪しき影響を感じてしまったのは、ピアノ系アーティストの代表格Fayrayの作品である。ピアノの音とFayrayの歌声の抜けの悪さは、鈍感な私でさえ感じずにはいられないものであった。音がこもっている、というのが最も適切であろう。作品の出来が非常によかっただけに、このことは強い失望となって私を苛んだ。
他にも星村麻衣のアルバムやDATのシングル「Futurity」のイントロピアノ部分などでも、このことを強く感じた。まず確実にいえるのは、CCCDは、ピアノと歌を中心としたアーティストには向いていないということである。
長くなったが後者。CCCDとは関係なくても、録音に使用するスタジオや演奏に用いる楽器の質、アレンジにかける費用が低くなればなるほど、音質が悪くなるのは必然である。(例えば、ガーネットクロウのインディーズ盤は音質がいい、とはいえないだろう)。この点では、売り出し中のアーティストやマイナーなアーティスト、及び弱小レコード会社所属のアーティストは著しく不利な状況となり、その反対の条件にあるアーティストは有利な状況となるといえる。この要素とCCCDの要素とが合わさったときにも、CCCDが故の音質の悪さを認識せずにはいられない。この点で「酷い」と感じた作品は日野内絵美の「Calling」。これは本当に酷かった。逆に言うと、音楽のジャンルと音楽制作にかける予算次第では、CCCDの音質の悪さを感じることがない、ということである。
個人的に聞くことはないし、あるのかどうかもよくわからないが、仮にジャズやクラシックにCCCDのものがあったとしたら、さぞ酷いものになることは間違いないだろう。

しかし、CCCDに対して言われる音質の悪さの問題はこのことだけにとどまらない。それがBである。このことについては次回。







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