File64 紅白歌合戦私論B


NHKの旧態依然とした体制や、紅白を通して何をやりたいのかが明確に見えてこない、ということを最後に記しました。今回はそのことについて話していきます。
かつては高い視聴率を背景にした権威によって、優れたアーティストや人気アーティストを数多く出場させてきた紅白歌合戦。本来は、「国民に支持されている」「時代を反映している」アーティストを出すことが最大の目的でもあり、それを為しえたことが紅白の最大の強みでもあった。しかし、80年代後半〜90年代前半における人々やアーティストの意識の変化・多様化、および業界の変化が、紅白からその目的と強みとを奪い去ってしまう。それがなくなったとき、紅白に残ったものといえば、NHKの旧態依然とした体制と時代に取り残された出演者だけ。その旧態依然とした体制並びに、NHKの紅白に対する目的意識の希薄さが、紅白をもはや「国民的番組」と称せない状況に追いやっていると考えることができるでしょう。下記の問題は、すべてこれらことから生じているといえるのではないだろうか。(尚、演歌絡みのことは後に、さらに具体的に掘り下げる)

@NHKへの貢献度が出場や演目を決めるひとつの要素として判断されていること。
具体例を挙げると、NHK新人歌謡コンテストの優勝者が必ず出場できること(ただし、番組が終了したため今ではこのことは成り立っていません。)。これは「時代を映す」ということにはならないでしょう。本来は優れたアーティストや人気アーティストを出すといった観点でも、単にNHKが主催したに過ぎないコンテストの優勝者を出すことはおかしい。また、NHKの番組に曲が使用された場合、その年の一番のヒットとか人々に支持されたことをさておいて、その曲を歌わせることもある。今年で言うと島谷ひとみ。どう考えても「ペルセウス」だろうけど、「続ロッカーのハナコさん」に使用されていた「元気をだして」(しかもカバー曲)になっている。また、NHKの番組に出演している人が選出されやすい、ということは昔からいろんなところで言われつづけている。

A歌合戦と称しておきながら、その勝敗の判定基準というものが全く不明瞭であること
「物まねバトル」とかのように一人ひとりに採点していくとか、どっちがよかったかということを逐一判定し、それの累計によって勝敗を決定するのならいいのであるが、中間と終わりにチャチャっとやるだけ。しかも何をもって勝敗とするのかの基準というのが決められてもいないのに、審査員や会場の方々はどうやって投票しているのだろうか(物マネだと似ていることが基準)。単に好き嫌いという恐ろしくあいまいな基準で決めるのなら、それはもはや「歌合戦」とはいえない。(たとえば組織的でかつ熱心なモー娘ファンが会場にいた場合、白組に投票するとは思えないし、その逆にジャニーズファンが紅組にいれるとも思えない。私でも今年は倉木がでているというだけで紅組に軍配を上げてしまうだろうな。)

B審査員の人選
Aに加え、さらに問題なのが審査員。各界著名人という人選はまあいいとして、NHK番組の出演者が必ずいること。今年も朝ドラに出演する浅野ゆう子と来年の大河ドラマで出演する優香、その脚本家である三谷幸喜、名前は忘れたけど今年に放送した時代物番組やトップランナーに出演した武田真治とNHKに関係した4人が審査員に選出されている。一般観客より多くの投票数を有する審査員10人のうち4人がNHKに何らかの形で関わった、ないしはこれから関わる人物というのはかなり問題ではなかろうか。しかもこれにNHK番組制作局長も加えられる。これはNHKの番宣のために紅白を私物化しているといっても言い過ぎではない。「国民的歌番組」という肩書きが、このことひとつでも嘘であることがわかる。NHKが運営しているので、NHK関係者を一人も出すな、とまでは言わないが、少なくとも1人にとどめておくべきであろう。今年は一般視聴者も投票できるようになったそうだが、果たして・・・。

C応援とかにも必ずNHKの番組関係者がでること
これも押し付けがましいし、普段NHKを見ていない人にとっては何の意味もないことである。

D相変わらずの演歌出演者の多さ
今年も60組中24組と40%の比率。演歌枠を減らした昨年からの反動か、逆に増えてしまった程である。しかもこれは分類上微妙な位置づけとなる堀内孝雄と布施明、さだまさし、和田アキ子らを除外しての結果である。現在の市場において演歌のシェアというものは1%にも達していない(GIZAは約3%)。よって演歌の方々を出すことが、「時代を反映している」「国民の意志」ということには到底なりえない。(このことは後にも記します。)。演歌枠の多さによって、本来出す必要性があろうアーティストが追いやられているのは明白である。ただし、演歌を一切だすなと言いたいわけではない。売れた人、話題になった人ならどんどん出せばよい。

E殆ど活躍していない演歌組の歌う曲が昔から変わらないこと。
今年においても、石川さゆりが「能登半島」、鳥羽一郎「兄弟舟」など一向に曲目が変わらない。これも問題。「その年の活動や業績」を選出基準の主要素としていることからも、このことも明らかにおかしい。何度も出場しているアーティストは、曲目を変更すべきであると考える。もし、かつての名曲に代えるほどの曲が当年にないのなら、出場する資格はない。具体的な名前を挙げると小林幸子と美川憲一、鳥羽一郎などがそれに該当する。

F過剰な衣装比べや応援企画など、歌番組の本筋から遠ざかっていること
このことに対しては、「これが紅白の醍醐味だから」「普通の歌番組ではここまでできない」というご意見もあるだろう。それは確かに一理あることは間違いありません。しかし、一時に比べたらマシとはいえ、依然としてこういったことが幅を利かせすぎていることは事実。これも「歌合戦ではない」と判断する要素のひとつである。さらにこの問題の当事者である小林幸子・美川憲一両名に関しては、本業の歌はそっちのけで、衣装比べに没頭しすぎていることが、なおのこと問題の深刻さを示している。

G人によって待遇が露骨に違うこと
かつての長渕剛が3曲も歌ったことや、去年の中島みゆき、今年の倉木麻衣に見られるように別場所からの中継を行うことなどがこれにあたる。メドレーや紅白合同ユニットならば、曲数に関しては致し方ないところもありますが、そうでない場合は、原則一組一曲スタジオで歌う、という様に徹底すべき。

H出演者やその家族をやたらとほめたり美化したりするようなNHK的演出
「今日はご家族の方が応援に駆けつけています〜」とかの発言や、出演者の苦労話などをやたらとするのを見ていると、本当にうんざりしてしまう。白々しさを拭えないし、そんな個人レベルの話は見ている方には関係ないだろう。まあ、こういうのが好きな方も多いのでしょうけど・・・

以上様々な問題を述べてきましたが、前回の最後の文面や今回の冒頭に記したように、NHKの、紅白に対する目的意識の希薄、つまりは番組を通して何をやりたいのか、何を見せたいのかが判然としないことが、上記要因を生み出しているのではと考えます。特に、実情を無視した演歌偏重の姿勢もそのうちのひとつであるといえるでしょう。そのことに関しては、次回に。







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