File63 紅白歌合戦私論A


1980年代後半から1990年代前半にかけて、紅白歌合戦の視聴率が低迷した要因は数多くある。決定的な要因がどれか、ということは断言できないが、推測される理由として以下のことがあると私は考える。

@80年代始めに出てきたBOOWYや末に出てきたX−Japanのようなアーティストの登場により、いかにもNHKや紅白向きではないアーティストが時代を席巻するようになったこと
A上記バンドらによって、紅白の主出演者である演歌やアイドル中心の音楽シーンとは違ったシーンが構築されていったこと
B80年代後半でアイドル音楽シーンが終焉を迎え、自作自演のニューミュージックシーンが構築されたこと
CCD時代になり、一発もの狙いの作風に変わったことにより、地道に活動→待望の紅白出演を経ずとも成功できるようになったこと

になるのではないだろうか。つまりは、紅白にこだわらなくても、十分にやっていけるほどに業界や人々の思考が細分化多様化したということである。このことが紅白の視聴率の低下を招き、それによって築き上げてきた「権威」の著しい失墜を招くことになる。それを証明するかのように、紅白出演依頼を辞退するアーティストがこの時分からかつてないほどに増えたのである。
今回の他事争論を書くのに参考にしたサイトによると(*注釈1)、1990年以前の辞退者が、江利チエミ・アリス・ピンクレディー・吉田卓郎・山口百恵(引退してから)・都はるみ・吉永小百合(歌手業を引退してから)井上陽水・松任谷由実ら数組。しかもこのうち、かつてNHKに断られた因縁がある江利・アリスや、吉永小百合・山口百恵や都はるみのようにかつて出演し、引退したといった特別な事情があることから、井上陽水・吉田拓郎・松任谷由実・84年以降のサザンのように出場そのものを純粋な自己都合で蹴り続けているアーティストは、ほんの少しに過ぎなかった。また、出場を希望しても断られる可能性を考え、先手をうってあらかじめ断るということもあったようだ。しかし、90年以降はビーイング系列だけでも、B’z、WANDS、ZARD、大黒魔季(これらアーティストは同局のゴールドディスクにも出場せず)、それ以外でも宇多田ヒカル、元ちとせ、GLAY、相川七瀬、Puffy、ジュディマリ、久保田利伸ら多数であり、もはや出場辞退者のことなど、かつてのようにいちいち記事にしていたらキリがない状態に今なっているとすらいえる。これらアーティストは、かつてのなんらかしらの因縁や対立といった理由ではなく、「興味がない」「体調不良(本当かどうかは不明)」「年末年始に仕事をしたくない」「個人的にでたくない」といった至極個人的な理由であるのが共通した特徴である。ここで挙げた大物アーティストらにとっては、もはや紅白に何の価値も見出していない、ということであろう。
これら要素の積みかさねにより、かつては「時代を映す役割」を果たした紅白が、音楽業界の流れから完全に取り残されることになる。そして、紅白に出演しないで、あまた出てきたMステSPやFNS歌謡際、日テレの有線歌謡大賞といった番組に出演するアーティストの存在は珍しくもなんともなくなってしまったのである。紅白失墜の大きな要因は、時代を反映したアーティストを出場させられなくなったこと、出場させる気がなかったことにあるといえる。しかし、それを含めた、紅白そのもののあり方、NHKの番組に対する旧態依然とした体制や思想にこそ、有力なアーティストを出場させられなくなった本当の理由があるといえる。そしてそれに加え、紅白でいったい何をやりたいのか、何を人々に見せたいのか、という根本的なものに対し、明確な答えを見出せないことにあるもある。このことについては次回で述べていく。

(*注釈1)ここに記した「紅白に選出しなかった理由」などに関しては、北脇様運営の紅白歌合戦の情報・評論サイトである「Red and White Song Festival」の雑記、「出場しなかった歌手」などから引用しました。管理人様から了承を頂いてます。







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