File61 GIZAアルバム詳細評論その7〜ガーネットクロウC


前回述べた内容とも重複しますが、今作において感じた問題を記すと共に、ガーネットクロウが有する問題・課題について記していき、また、彼らが今後何をめざしたらいいのか、ということに関しても自分なりの見解を述べていきます。

今作の問題として考えられるのは以下の点。

@シングル曲の安易な串刺し
Aアルバムオリジナル曲とシングル曲とのレベルの差
B安直にリミックスを入れていること
Cバラード曲のパターンが似通ってきていること

などであると感じます。
まず@。2ndアルバム以降の悪しき風潮である安易なシングル曲の連続配置は、やはり問題があるといわざるを得ない。2ndにしろ3rdにしろ、シングル連続の後の曲の配置の秀逸さを考えるといたし方ないところがあるのですが、だからといって捨て置ける問題ではないでしょう。これはAの問題とも大きく関わっているので、両方共踏まえた上で述べていきます。

2nd・3rd共に聞いていて感じてしまうのは、アルバムオリジナル曲とシングル曲との間にレベルの差があるのではということ。3rdに関していうと、「スパイラル」は上々、「クリスタルゲージ」が並、「君という光」「泣けない夜も泣かない朝も」がやや劣る、というのが私の見解であります。レベルの差のみならず、シングル曲はアルバムオリジナル曲たちが作り上げる世界観にややあっていない・曲の質が違うのでは、という思いも、同時に感じてしまう。元来の曲のよさが、これら事をなんとか押さえ込んでいると考えますが、このアルバムを1stや2nd並みの点数にしなかったのには、かつて以上にここで示した問題を感じてしまったことにあります。今作は、アルバムオリジナル曲はかつての作品と同レベルかやや上、シングル曲に関してはかつてより劣ると認識していることが、この問題を浮き彫りにしてしまったといえるでしょう。
通常この作品も全曲通して聞きますが、時間の制約などがあるときには、やはりシングル曲の部分を飛ばして聞いてしまいます。1曲目、飛んで6曲目以降全部聞くと、インディーズアルバムの如く、作品の魅力といえる部分を凝縮して堪能することが出来ます。まさに文句のつけようもありません。しかし、この文句のつけようのなさが、彼らの最大の強みであり、最大の問題点であるといえます。通常というか、殆どのアーティストは、アルバムに収録されたシングル曲を超えない曲ばかり、というのが問題でありますが、ガーネットクロウはそれとは全く逆であるといえるでしょう。
ただし、曲の問題もさることながら、よくなかったのがシングル4曲の曲順。前回でも述べましたが、少なくとも2曲目を残りの2曲のどちらかにすれば、このことは少しましになったのではないかと感じます。このことはこの論の終盤でまた述べますが、ここでいったん切って次に行きます。
B安易なリミックスに関しては、前回も述べましたので少しだけ述べます。インディーズ以外のすべてのアルバムにリミックスが入っているのですが、このことにあまり意味を見出せないでいます。最初から最後まで捨て曲どころか、完成度や秀逸な世界観で聞かせてくれるのに、何故一番最後にリミックスを持ってくるのか、ということに常々疑問を感じています。せっかく築いてきた作品世界が急に切らされてしまう感が否めないからです・・・。
最後にC。ガーネットクロウのバラード曲を聞いていて感じるのは、「夢みたあとで」以降のバラード曲、「夢みたあとで」を含め、「Holy ground」「君という光」「今日の君と明日を待つ」らの曲調が似通っているのではということ。「今日の君と明日を待つ」「君という光」の2曲ともサビの流れ方とかが似通っているのみならず、「Holy〜」「夢みたあとで」の要素も感じてしまうことだ。さらに「今日〜」の終わり方は「Holy〜」とかぶる部分があるし、「君という光」と「夢をみたあとで」のサビの出だしもなんか微妙に似ているような気がします・・・。
どのアーティストに関しても、類型化の問題からは抜け出せないといえます。他の曲調の曲ではそれなりに多様性を見せているガーネットクロウではあるものの、バラード曲に関しては少し頭打ちかな、というのが正直な感想。現時点では編曲の向上と中村の歌唱の著しい成長とによって、問題をそれほど深刻なものにさしていないのですが、この先の展開次第ではわかりかねるところがあります。
ただ、このことは中村由利の作曲能力の低下やアイデアの枯渇によるもの、とはまだいえないところがあります。それはタイアップの問題が少なからず影響していると考えるからです。少なくとも「夢みたあとで」「君という光」の2曲に関しては、コナンタイアップでしかも共にエンディングと共通した部分があります。タイアップ先が曲調を規定し、拡販のためにそれを無理やりアルバムに収録しなければならない。このジレンマが作品の質を下げているような気がしてなりません。最近は、「コナン」「すぽると」「サンデーじゃぽん」などなど、急速にタイアップが増えていることから、今後より見過ごすことができない問題になるかもしれません。

かなり厳しい意見になったと自分でも感じるところがありますが、これは彼らに対する高い評価と愛情、信頼の裏返しであると、えらそうではありますが、取っていただけたらと思います。国内ではおおよそ比較対象や並ぶべき存在が殆どいなくなっている状況の中、ここで示した問題を克服することが、彼らがより高みの領域へ、つまりは歴史に名だたる名アーティストのみがたどり着けた領域へと行くために必要不可欠であると私は考えています。
そのための方法は、非常に無責任ではありますが、最終的には彼ら自身が、自己の内面との対峙や自己研鑽などによって見つけていくしかないでしょう。だが、僭越ではあるものの、このことに関し、いくつか私の見解を具体的に記します。
まず、以前このサイトの掲示板で書き込んだこともあるのですが、ガーネットクロウのアルバムにシングル曲は収録しないほうがいいということ。インディーズ及び1stでは、さほど感じなかったものの、2nd以降、上記のようにアルバムオリジナル曲とシングル曲との間に感じる微妙な違和感を払拭するには、アルバム個々の収録曲で個々の世界観を提示しつつも、それら全体を通してひとつのものに纏め上げていく手法をとったほうがいいのでは、ということです。シングルでは、彼らが自分たちの考えや目的にそって、やりたいことを好きなようにやってもらい、アルバムに関しては一本筋の通った完璧なものを作り上げてもらう、ということであります。
このことが、現在の音楽業界における、シングルで支持を集め、それを主要なセールスポイントとしてアルバムを買わせる、という常識に反しているのは重々承知であり、愚かな意見であることは否定しません。ただ、小松未歩のように、シングル曲やアルバム曲といった区別なしに、アルバムを纏め上げることが出来ればいいのですが、現状ではそれはかなり厳しい。それができない以上、アルバム用の曲とシングル用の曲とを分けて作ったほうがいいのでは、という私の見解は、私の指摘を根本から払拭する作品を彼らが提示しない限り、変わることはないといえます。
そして何度も述べてきていますが、リミックスは必要ないということ。もし音楽性の追求という目的やファンに対するサービスという意味合いでそれをやりたいのであれば、シングルの3曲目や4曲目として収録すればいいだけのこと。あえてアルバム最終曲として入れる必要は、彼らの作品性や曲の完成度を考えれば考えるほど、ないといえましょう。海外のプログレッシブロックアーティストやゴシックメタルのアーティストらのように、アルバムオリジナル曲をもって、圧倒的な完成度と孤高の音楽性を見せ付けてくれればいいのです。
彼らには、是非とも業界のセオリーを打ち破ってもらい、GIZAを超え、業界を超え、個人的にひいきにしているドリームシアターやカーペンターズやクランベリーズ、ギャザリング、果てはビートルズの領域まで行ってほしいと思います。かなり大げさで誇大な要求ではありますが、偽らざる私の本音であります。

最後に、なんだかんだ言いながらも、すばらしい作品を聞かせてくれたガーネットクロウには単なる好き嫌いを超えた、尊敬ともいうべき感情を感じてしまいます。GIZAに対する不信が募りまくった最中、それを払拭した数少ないアーティストの中で、最も最後に作品が発売され、最大最高の衝撃を与えてくれました。それのみならず、私の20年以上にわたる音楽との付き合いで最大のトラウマとなっていた「4作連続90点以上の作品を提示したアーティストはいない」を打ち砕いてくれたことは、本当にうれしくて、感極まったほどであります。その彼らが来年以降、どのような音楽を聞かせてくれるのか、本当に楽しみでなりません。来年早々に行われるライブツアーで、一筋縄ではいかない3rdアルバムの曲たちを、4人のアーティストがどのように料理していくのか、その期待に胸を膨らませつつ、長期にわたり連載してきたGIZAアーティストアルバム詳細評論を終了します。長きにわたり駄文を読んで下さった皆様、本当にありがとうございます。

追記:今回をもってGIZAアーティストアルバム詳細評論は終了します。滴草由実と竹井詩織里については、まだ述べていませんが、滴草由実に関してはいずれ取り上げようと思います。竹井詩織里に関しては、1曲を除きカバー曲であったので取り上げません。ということでご了承ください。
次回から紅白歌合戦について述べていきます。最初は歴史的意義とその変遷になろうかと思います。







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