File59 GIZAアルバム詳細評論その7〜ガーネットクロウB


今作品は、ガーネットクロウがアーティストとして様々な進化や変化を遂げたということを示していると感じますが、その最たるものは中村の歌唱ではないでしょうか。ただ、そのことを述べる前に過去の作品での歌唱について述べていきます。

まずインディーズアルバム。この作品での中村の歌唱は、まず歌唱技術云々といったことではなく、中村の有する天然の実力や魅力をそのまんまぶつけているように感じる。技量的には荒削であり未熟、表現は稚拙というのが適しているといえる。まるで始めてボールをけったりバットを振ったりするように・・・。しかし、中村の小細工なしのストレートな歌唱は、そうであるが故に恐ろしいまでの輝き〜ダイヤの原石のみがもてる輝きを有しているように思えてならない。
彼女らが出てくる少し前まではやっていたR&Bアーティストのような圧倒的な歌唱技術や壮絶なまでの熱唱とは程遠いし、力強さも声量もない。だが、けだるさを感じる歌唱で比較的淡々・無機質的に歌い上げていくさまは、AZUKIの虚無的な詩と恐ろしいまでの相乗効果を挙げることにより、逆に感情的要因による感情欠落を想起させ、それによって全く反対である深い悲しみや苦しみ、葛藤といったものを際立たせていると感じる。特にこのことは、「永遠に葬れ」「Sky」に顕著にでているといえるだろう。このアルバムで示された中村の歌唱は、技術や論評を超えた魅力を有していたと感じる。それはこのときの中村と曲であるが故に出せるものであり、今では決して出すことの出来ないものである。だが、このことは、この作品が音楽史上に残る史上最強の1stミニアルバムであることの最大の理由になっているともいえるだろう。

1stアルバムでの歌唱は、基本的にインディーズ時の「淡々とした歌唱」を継承したといえる。しかし、かつての要素を継承しつつも、それとは別に、格段に表現の幅を広げたのではないだろうか。特に「夏の幻」「Holding〜」「Rythm」といった曲で見せる高低緩急を聞かせたがそのことを顕著に証明している。感情表現を抑えつつも、前作とは違い、喜怒哀楽を明確に感じ取ることができる。今まで才能だけで歌っていた感が否めなかった彼女に、技術という武器が少しずつ備わっていったことが、上記曲で聞かれたロック的な歌唱やR&B的それを為すことのできた要因であろう。高音部分での声量の弱さ、最低音部分での声量の弱さなどがまだまだあるものの、それを上回る中村独特の歌唱と声質の魅力、今作での成長ぶりが、すばらしき曲たちの魅力を引き出していたといえよう。「Holding〜」での歌唱は圧巻としかいいようがなかった。だが、この作品においても、なお技術ではなく、才能で歌っていたといえる。あと、中村の歌唱の特徴のひとつでもあり、問題としても指摘されている「不明瞭な発声」は今作から聞くことができる。

2ndアルバムでは、テレビ出演や数々のライブの経験を通じて格段の成長を遂げた中村の歌唱、特に技術を生かしたそれが曲調と共に強く反映されていたといえる。今までは、どうしても曲を歌うことに必死だった感を完全に払拭できなかったが、今作では、ライブで培った自身が反映されてか、歌唱にゆとりを感じ取ることができた。また、音楽性の多様化と共に、中村の歌唱も、かつての暗さや抑えた表現だけではなく、「Wish」のような明るい歌唱、「Please〜」のような豪快な歌唱、「Timeless〜」のように自身の声の透明感をこの上なく生かした歌唱、「スカイブルー」のようなゆったりとした歌唱など、非常に幅が増したといえる。しかし、多様さと共に、やはり特筆すべきはバラード曲における表現と力強さが格段に増したことにあろう。名曲「Holy ground」での歌唱は、今までとは全く違う凄みを感じた。
また、裏声をより使用するようになったのも、「夢みたあとで」における「怯えて泣いてた」の「た」の部分のように舌を巻いた歌い方が見られるようになったのも今作からである(正直後者は好きではない)。これはおそらく彼女のフェイバリットアーティストであるクランベリーズのドロレス・オリオーダンの影響があると推測される。何はともあれ、今作は中村のボーカリストとしての著しい成長ぶりと、改めてボーカリストとしての魅力を強く感じさせられたものであった。

しかし、2ndで確立され、この先もこの路線で進むだろうと勝手に判断していた中村の歌唱は、3rdアルバムにおいて、またもや大きく変化したといえるだろう。
3rdにおける成長や歌唱の特徴として、

@歌唱がストレートになったこと
Aかつて不得手としており、多々指摘されていた「中高音部分」における歌唱の弱さが、声量の著しい向上により「ほぼ完全」といえるほどに払拭されたこと
B今までにはない、聞き手を包み込むような広がりと温かみを感じること
C歌唱の多様性を増したこと
D今まで以上に感情表現の幅が広がったこと
などをあげることができるだろう。

まず@。1st・2ndのような発声の不明瞭さを今作では全く感じなかったこと。この点ではインディーズ盤での歌唱に通ずるものがあろう。ただし、魅力という面ではともかく、技術の面ではインディーズ時代とはは比べ物にならない成長をとげた。それと2ndで見受けられた舌を巻く歌唱がなくなったことは、個人的に非常にうれしく感じたことである。どうしてもこの歌唱になじめなかったので、今後もこの路線で行ってもらえたらと思うのだが。
A。今作では、1stの「巡り来る春に」のように、中村がかつてより得意としてきた中低音部分での歌唱はあまりなく、「今日の君と〜」「Endless Desire」「Only stay」を始めとして、ほぼ全部の曲で高音部の展開ですばらしい魅力を見せ付けていたことだ。もはやかつてのような弱さはない。自らの歌唱で自らの曲を制御しているとすら思う。もちろん「Marionett〜」や「泣けない〜」のA・Bメロでは、私が「中村の絶対領域」と称している中低音部分での圧倒的な魅力を変わらず見せ付けていた。次はB。これは今までになかった要素だといえます。「今日の君〜」「Marionette〜」での歌唱がこのことを示している。これら曲での中村の歌唱は、「癒し」といった言葉ではとてもじゃないが説明しきれない程に、聞いていて極上の心地よさを感じてしまう。特に今作において鍵になるのは、いいようのない「浮遊感」と「広がり感」。1曲目である「今日の君〜」とを聞いた瞬間、それら及び、圧倒的な声の存在感と表現力を前に完全にねじ伏せられたといえるだろう。中村より歌の上手いアーティストがたくさんいることは間違いない。しかし、歌い手としての中村の「魅力」を超えるものは、いったいその中でどれだけいるのだろうか。私はほとんどいないのではと感じてしまうのだ。
C。Bの要素と絡むことであるが、今作では歌唱の種類も大きく増したといえよう。このことは、2ndの曲から感じ取れることであったものの、それを決定的にしたのは今作であると分析する。ミドルテンポで壮大なバラード曲、幻想的な曲、ハードロック的な曲、プログレ的要素を想起させる曲、少し少女趣味が入った曲、ひたすら透明感あふれる「クリスタルゲージ」などなど、曲の多様性に関しては2ndアルバム以上である。それのみならず、多様性に秀でたこれら曲を見事に歌いきれていたことが、今作での彼女の成長振りを示している。
また、歌唱技術の向上による多様さは、Dである感情表現の幅をも大きく広げたといえよう。今までの暗さ・悲しさ・さわやかさといった要素をより高次元で提示できたのみならず、激しさや強さ、慈愛といった要素も表せていたのではないだろうか。「Only stay」「Marionette〜」「逃れの町」などを始め、全曲を通し、すぐれた曲・詞・そして中村の歌唱との見事な融合により、人間が有する様々な感情が交錯する様を描ききっているのは、圧巻という他ない。
今作では、バラード曲、ミドルテンポの曲、アップテンポの曲といった曲種を問わず、今まで培ってきた技術と自信とに裏付けられた強靭な歌唱が全体を支配していた。そこにはかつてのような、歌うのにいっぱいいっぱいという感じや、脆弱さ、声質の魅力だけが目立っていた感は微塵もない。今作をもって中村は、歌い手としてさらなる高みへ登ったといえるだろう。技術を身につけた中村に対抗できる歌い手は、業界広しといえどそうそういないとすら感じる。いったい彼女はどこまで歌い手としても成長していくのだろうか・・・。

次回は巷にあふれる今作に対するある程度共通した意見に、私なりの見解を記したいと思います。そして、今作の問題点、及び今後のガーネットクロウに関しても述べていきます。







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