File44 番外編〜洋楽女性アーティスト論その2


洋楽のいわゆるトップアーティストや日本で話題になっているアーティスト、特にここ数年のアーティストに関し、あまりいい評価ができなかったのか。今回はその点の解説をしていきたい。
洋楽の音楽シーン、特にここ最近のそれやアーティストに魅力を感じにくい要因は、おおよそ下記の点たちによって生じていると感じる。

@文化的要因による没個性化
最大の要因として、アメリカの女性アーティスト、特に人気や話題になっているアーティストに関し、全くといっていいほど個性を感じないことがある。極端な話、マライアやセリーヌ・デュオンのような王道のポップス路線・R&B路線、または、ジャネットやブリトニーのようなダンス路線。10年、いや20年も前からそれの際限ない繰り返しではないだろうか。それは古より、アメリカの音楽シーンや人々がそういった音楽を要望していることに他ならない。
総じてアーティスト性より、外見やダンスといったエンターテイメント性をアメリカ人が常に求めていることが、アメリカのアーティストの幅を狭めている要因である。ヒットチャートの常連や人気のアーティストを見ていると、音楽性が殆ど同じで代わり映えしない。あるアーティストが成功すると、それと同一の路線のアーティストが有象無象にと登場させ、一発物重視で荒稼ぎして捨てる。これがれっきとしたアメリカの音楽業界の手法であるのだ。アメリカは個性重視とか自己主張の国とか言われているが、音楽ビジネスの儲け主義に毒されたアメリカの音楽シーンの下で登場するアーティストは全くそうではないと感じずにはいられない。。
日本では今のトップである浜崎や宇多田のようなアーティストは10年前には存在していないが、アメリカではブリトニーやステイシー・オリコのようなアーティストは10年、20年前にも容易に見つけることができる。確かにこの手のジャンルに関しては、アメリカ市場のアーティストに対抗できるものはいない。しかし、これと同時に、このことがアメリカの音楽シーンを日本と比べることができないほど、非常につまらなくしている。

Aアルバムの作品性の欠如
アメリカの売れ筋一辺倒の販売戦略の愚かさが、音楽性にも大きく影響している。それは、時流に乗って売り出し、とりあえず世間的な支持と話題とを得ようとするための一発もの重視の楽曲政策スタイルが、シングル以外の楽曲の完成度や作品性を著しく貶める最大の要因となっているからだ。
前回で酷評したアーティストすべてに共通しているのは、この点。テレビやラジオや雑誌や大型CD販売店らによって洗脳の如く話題にさせられ、まるで聞いてないと「遅れている」的印象を抱かせるが如く、あっち(米国)で話題になった曲が送り込まれるわけであるが、はっきりいってシングル曲以外とても聞く事ができないレベルである。今話題になっているステイシー・オリコやタトゥーなどはその典型だろう。
楽曲の完成度の低さに加え、作品性の欠如も深刻だ。上記のようにアメリカの音楽シーンはエンターテイメント性を重視するがあまり、総じてアルバムに思想性や作品性というものを感じない。
彼女らは確かに歌は抜群に巧い、作曲能力もたいしたものだと思う。しかし、アルバムを通して何を聞き手に訴えたいのか、何をやりたいのか、そういったこと全くもってわからないのである。個性や目的や作品性の欠如した作品ほど聞いていてつまらないものはない。聴いていて楽しくもなんとも感じないのである。だったら歌が下手でもいいから、その人なりのこだわりや面白みというものを感じる作品の方がずっといい。
このことは楽曲の種類の少なさも要因であるといえる。当然だ。時流に追随した楽曲作りやいつまでも成功にしがみついた楽曲作りに固執するからである。シングル作品のよさがあることから、アーティストに対しとっつきやすいのだが、これら要因によって、非常に飽きが来るのも早い。アメリカで話題になっているアーティストは総じて歌唱力がいいことから、完成度の低い楽曲を熱唱されるとなおさら聞いていて嫌になってくる。
1990年前半から中盤にかけてのマライアブームがひと段落して以降から出てきたアーティストは、あっという間に上り詰める絶賛の嵐と売上げと同様、その勢いが尽きるのも非常に早い。トップアーティストの入れ替えが非常に早いのである。日経エンターの特集でもやっていたが、2年ももたないというのが現状だ。90年代あんなに席巻していたセリーヌ・デュオンは?、グロリア・エステファンは?、トニーネ・レインは?、その他大勢も含めすっかり失墜している、というのが実情であろう。そして、同種のアーティストが再び有象無象に出ている。ケリークラークソンなんかは、まんまセリーヌだろう。最近作品を聞いたのですが、そりゃ〜酷いったらありゃしなかった。歌は抜群に巧いけど・・・。

B販売戦略
上記の如く、ここ数年の売れ筋のアーティストや作品の質は非常に酷いものがあるのだが、それらを送り出す側、つまりはレコード会社、マスコミ、音楽番組・雑誌、CD販売店らの販売・営業戦略も同様に酷いものがあると思う。
まず必ずといっていいほどに、「天才」「世紀の歌姫」「シンデレラストーリー」といった誇大なまでの表示を付けること。そしてレビューにおいて、絶賛することとがある。マライアやホイットニーは別として、これら表示にふさわしいものを提示してくれたアーティストというのは全くといっていいほどいない。最近は「全米No・1」と必ず付けられるハリウッド映画のCM同様、これら販売戦略(断じて戦略ではないが)にうんざりしている。ちまたにあふれる売り文句は、もはや売り文句でもなんでもなく、詐欺である。最近私は強くそう思っている。
21世紀になってから聞き始めてからアーティストに限定しても、個人的にいいと思ったのが、才能でミシェルブランチ、才能と楽曲の完成度とでエヴァネッセンスぐらいだ。有象無象の低レベルなアーティストを送り出すのであれば、一組でもいいから卓越した力量と世界観とを有したアーティストを発掘して欲しいと常々思っているが、今の末期癌状態といっても差し支えないアメリカの音楽業界において、それはまさしく無理な注文以外の何者でもないだろう。

だが、最後にいっておきたいのは、はっきりいって質が低いにもかかわらず、これら洋楽アーティストを詳しく検証することなく、売り手の言葉文句そのまんまの絶賛を受け入れ、踊らされている聴き手の質の低さである。普段殆ど音楽を聞かないのにもかかわらず、こういった洋楽アーティストをたまに聞くと、したり顔で「邦楽アーティストは質が低い」とか「やっぱり音楽は洋楽に限る」とかいう人、皆さんの周りに何人かはいらっしゃるのではないでしょうか。しかし、そういった人に限って邦楽をきちんと聴いていないというのが殆どのケースであると思う。かつての私もその何人かのうちに入っていたということを素直にいっておきましょう。だからこそ、こうった思想の愚かさに対し苦言を呈したいのである。
日本の経済が傾いてからというものの、経済的なことが教育やモラルを始めとし、人々に心理的な影響を与えているのか、大人子供を問わず、享楽的で排他的な風潮というものが人々の意識や社会に蔓延していると思う。物事に関し、自分の理性と判断と分析と良心とをもって、真剣に考えることがなくなってきているどころか、そもそも何かを考えるということすらしなくなってきていると思う。「個性」「自分らしさ」「俺は俺」などといっていながら、映画や売れる本なんかを見ていると総じて右ならえ的であるし、特に本に関しては、やたらと簡単な、「こうすれば必ず〜できる」とか的な、あるはずもない答えを、さも簡単にあるかのようにもっともらしく述べているクソみたいな「入門本」や「ハウツー本」(例えば「チーズはどこえ消えた」「バカの壁」「捨てる技術」など)が書籍売りあげランキングの上位を占めていることからもいえるのではないだろうか。
音楽でもそうである。聴き手が自分の主体的意志や感性をもって選んでいるのだろうか?。今年タトゥーがあほみたいに売れた。明確な数字があるわけではないので断定はできないが、恐らく今年のGIZAのアーティストの総売上枚数よりタトゥーのそれの方が多いと思う。タトゥーに限らず、今年は洋楽復権といわれるくらい洋楽のアルバムが売れており(十二楽房もそうだね)、洋邦の売上げ逆転現象が起こっている。だからといって日本のアーティストがタトゥーをはじめとした人気洋楽アーティストらに比べ著しく劣っているのだろうか。いいや、答えは断じてNoである。例えばいくら今年のGIZAが悪いといっても、シングル一曲のみでアルバムがあまりに酷いタトゥーと比べられるほど酷くはない。それ以外のアーティストに関しても大差ない。邦楽ではガーネットクロウや小松未歩、熊木杏里、新居昭乃、菅野よう子、上野よう子、かつてのDAI・・・、今やたらめったら宣伝され売り出されている洋楽アーティストで、上記アーティストに匹敵する存在が果たしているのだろうか?。
確かに自分が聞いている範囲においても、クランベリーズとかギャザリングとかルネッサンスとか、日本のアーティストとおよそ比較することが難しいくらいの超越した領域にいるアーティストがいることも事実だ。また日本においても浜崎を始めとした売上げ上位のアーティストのレベルが低いこともまた事実である。しかし、問題はそういったことではない。繰り返しなるが、聴き手が、きちんと邦楽を聴いた上での判断をもって、洋・邦楽に対する評価や批判というものを行っているかどうかである。

私がこのサイトをやっているのにはいろいろな理由があるのだけど、そのうちの一つがが「邦楽再評価」である。「日本人なのだから」といった陳腐な理論や愛国心を振りかざしたいわけではもちろんないが、洋楽がやたらめったら売れている今だからこそ、一度邦楽を聴きなおしてみるのもいいのではないでしょうか。なんだかんだいいながらもいいアーティストがまだまだいる。

次回は「歌唱至上主義への疑問〜レビューをレビューす」を予定。







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