File38 ビーイング変遷史その7


・2002年以降の動き〜しかし〜

あれだけ音楽界を震わせたR&Bブームであるが、そのブームの立役者たる宇多田と倉木がその路線から離れた作品を発表したことと、元ちとせや鬼束ちひろを始めとした非R&Bアーティストらの台頭により、終わりを告げようとしている2002年、GIZAのアーティストは、GIZAの設立以来最も積極的に活動した年ではないだろうか。その最たるものが対外活動である。ガーネットクロウのテレビ初出演、初のコンサートツアー、倉木麻衣の全国コンサートツアー、愛内里菜コンサートツアー、GIZAアーティストの多くを登場させたビーチパーティーの開催。または、上原あずみや三枝夕夏などのインストアイベント開催といったように、かつての非コンサート政策のまるで反動であるかのごとく、人々の眼前に積極的に姿をさらしていった。
このことは、GIZAがとってきた数々の戦略や政策の中でもよかったといえるものであろう。今までの「テレビにでない、ライブやらない」といった常にビーイング・GIZAに付きまとった批判をかわす上で、一連の活動は非常に効果を挙げた。但し、個々のコンサートでの演奏技術といったものに関しては、まだ甘いところが多く、改善の余地も多々あったことも事実。ただ、上記アーティストらが有する完成度の高い楽曲群が一連のコンサートの成功を導いたと感じる。しかし、こういったこと以上に、コンサートツアーそのものを開催したということが、何より驚きのことであったということは間違いない。

新人も北原愛子・三枝夕夏となかなかのアーティストを送り込んできた。音楽的な技量はさておき、GIZAにふさわしい声質のよさと抜群の外見よさ、特に外見のよさに関しては、ビーイングの歴史の中でもまぎれもなく最高峰の2名であると私は思う。

楽曲の面でも非常に充実していた。ガーネットクロウの「スパークル」、愛内里菜の「Power of words」、倉木麻衣の「Fairy Tale」らを頂点とし、数多くの良アルバムと良曲を送り出した。売上げ的にはともかく、楽曲と活動の充実さでは今のところ、この年を越えるものはないのではないだろうか。

だが、華やかとはいえないものの、一部のアーティストが成功を修めている中、その裏では多くの挫折と失敗と苦悩とでひしめいている。順調に成功を修めていたわけではないのだ。

ビーイングにおいては当年までにWANDSやField of Viewらといったアーティストが解散。大黒摩季らビーイングを支えてきた有力者も他レコード会社へと移籍。1998年に設立したばかりのGIZAにおいても、2002年の段階でNewsinema蜥蜴、吉田知加、Soul Crusaders、松橋未樹、4D−JAMらといったアーティストらが活動を休止・ないしは解散という形になった。また、ルーマニアモンテビデオ、JASON ZODIAC、Les MAUVAIS 、Nothi'n but Love、GARCONNES 、山口裕加里、上原あずみといったアーティストに関しては、活動休止とかいった情報がないものの、長期にわたって音楽的活動をしていない。次の活動休止予備軍というか、雑誌で連載を持っている上原あずみ以外は、もう実質活動休止と称しても差しさわりのないところまでにきているといえよう。2002年のビーイング・GIZAを考える上で、積極的活動と並び、多くのアーティストが活動を休止したという悲しい出来事が多かったことも忘れてはならない。
しかし、活動休止といった結果以上に憤りを感じたのは、それに至るまでの過程の不透明さと理由の不明確さである。特に、売り出し始めたばかりの松橋未樹、そしてかなりの実力者であるSoul Crusadersと4D−JAM。この3アーティストに関しては、売上げ・実力・人気といった要素で考えるとき、本当に活動を休止・解散といった方法をとる必要があったのかということに対して、全くもってよくわからないといわざるを得ない。この辺の意味不明で秘密主義的な体質は、ビーイング・GIZAという組織に対する人々の反感を抱かせる最たるものになっていることはいうまでもあるまい。

そしてもうひとつ、アーティストの解散・活動休止とならび、この年を象徴する出来事していうことができるのは、GIZAアーティストの階層分化のさらなる推進〜倉木麻衣・ガーネットクロウ・愛内里菜の3強体制の確立であろう。
もともとGIZAがアーティストの階層規定をしている。GIZAの公式サイトのアーティストップページのアーティストの順番や列などが、それを如実にあらわしていることはファンの間ではよく知られたことである。(ある人は、2段目までとそれ以下との関係をJリーグの1部リーグ・2部リーグになぞらえてた人がいたが、なるほどと思った。でも本当に順番がよく変わる。見ていて面白いですよ。)。
倉木麻衣を頂点としていることはGIZAの設立当初から一貫して続けられているのだが、この年のGIZAのアーティストに対する様々な戦略や活動を見て判断するに、ガーネットクロウと愛内里菜の両アーティストをその倉木麻衣に次ぐ位置づけにしたと考えることができるのではないだろうか。そしてその次の階層として、小松未歩(一応2番目だけどとてもそのような扱いを受けているとは思えないので)や三枝夕夏、北原愛子、タンバリンズ、ラムジェトらを挙げることができるのではないだろうか。まるで古代政府のような序列制度であるが。この序列を決める判断基準というものは不明であるのだが、確実にいえるのは、会社側が下す何らかの判断基準によってアーティストの活動の生死が分けられてしまうことである。あくまで売上げやファンからの人気という判断基準で決めるのであればまだ納得がいくのだけど。
何度も述べているがこういった戦略や運営方針というものに対し私は全く評価していない。アーティストは使い捨てや金儲けの道具ではないからだ。昔以上にアーティストの切捨てが厳しくなってきていると言えるのだが、いったいこれをやることによってGIZAは何を目指し歩んでいくのだろうか・・・。

次回はいよいよ最終段階2002年から2003年の動き、及びこの先のGIZAの予想といったものに関し述べていきます。長きにわたるこの論稿もついに終わりが見え始めてきたようです。  







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