File37 ビーイング変遷史その6


前回からの続きです。
声質重視の戦略は、かつてからもあったのだが、GIZA期における顕著な違いを一つ挙げると「多様化」ということができよう。
ビーイング時は、哀愁漂うメロディーやハードロック的サウンドにあった歌い手の選出に重点をおいたことから、川島だりあや大黒摩季といった歌い手は別として、どうしても声質が似通っていた感が否めなかった。しかし、GIZAになってからは、まどのジャンルの曲も歌いこなせる万能型でありながらも、中村由利や松田明子のような特定な曲調で圧倒的な魅力を発揮する声質の歌い手もでてくるなど、音楽の多様性にあわせた歌い手を送り出してきた。これはFの点と大きく関係している。GIZAはビーイング時代とは違い、特に歌い手自身が作曲をしないアーティストに関し、独自の音楽性をもってひっぱていくというよりは、他社・他者の作り出したその時代時代に支持を得ている音楽にあわせた楽曲製作を行い、それに即した声質を有するアーティストを付けてきたといえよう。宇多田で火がついたR&Bブームの際には倉木、人気絶頂の浜崎を露骨に意識した愛内、椎名や矢井田を意識した吉田知加、ZONEを意識した上原あずみのガールズバンド化、ヒーリングや癒しの要素を取り入れた音楽を意識した山口由香里、BOAを意識した岸本早未などがそうといえよう。
しかし、この方法論はある程度の成功を修めることがあるものの、それ以上に、世間からの反発を買う方が圧倒的に多い。(それも話題づくりの一つなのだろうけど)。そして、当然のことながら他人の作り上げた流行に便乗するわけであり、GIZAが業界の盟主となることができない最大の要因の一つになっていると感じる。ただ、GIZAの音楽の幅がビーイング時代より広がったことは確実にいえることだと思う。それがいい結果をもたらしているかどうかは、今のところ判定できずにいるのだが・・・
Eに話を移そう。ビーイング体制からGIZA体制になってからの顕著な違いは、女性アーティストを中心としたことがある。この理由はいまいち判然としないのだが、私なりの考えで推測するに、1・男性バンドグループ人気の低迷、2・1999年以降のアーティスト総売上ランキングはソロの女性アーティストで占めているという事実、3・財政上の余裕か時間的な余裕がある10代後半から30代前半までの独身男性層への拡売、といった要因があるのではないだろうか。
そしてビーイング・GIZAとの大きな違いはGがある。ビーイング時は、特に1990年初頭の黄金期を支えたアーティストたちは、その殆どが自分で曲を作っていないものが殆どであった。しかし、GIZA期においては、倉木・愛内・菅崎・北原・三枝のような、自分で曲を作らず他者からの提供を受けているソロアーティストと、ガーネットクロウ・ルーマニアモンテビデオ・タンバリンズ・ラムジェットプーリーのように自分たちで曲を作り音楽性を出しているアーティストととの2極分化を行うようになったといえよう。
時代的な要望に合わせつつ、音楽的力量を感じさせるアーティストも同時に出していく。この手法は個人的によいと思うのであるが、いかんせん、その売り出し方に関してははっきりいって最悪だ。詳しくは述べることはできないが、その販売戦略のマヌケさが、これら良アーティストの躍進に大きく影をおとしているといえる。ガーネットクロウのキャンペーンがそのことを如実に証明している。ビーイング時代から変わったこともあるが、もちろん変わっていないこともある。その変わらないものは、この販売戦略の下手さ加減であろう。
次回からは、2002年以降の流れについて述べます。あまりの長さに飽き飽きされているかもしれませんが、今しばらく続きますのでご了承ください。  







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