File34 ビーイング変遷史その3


・衰退期(1994〜1998年)〜小松未歩登場〜GIZA期へ

・主なアーティスト
Feel so Bad PAMELAH FIELD OF VIEW  小松未歩 秋吉契里 BA−JI 七緒香など

・主な製作陣
作曲:織田哲郎 川島だりあ 栗林誠一郎 小澤正澄 小松未歩など 作詞:坂井泉水 

1995年、小室率いるエイベックスアーティストと、小林武史率いるアーティストらが第2次音楽バブルを謳歌している中で、ビーイングのアーティストらは、ZARDと大黒摩季らを除き、その殆どがヒットチャートから消えうせてしまう。ZARDや大黒摩季に関しても、かつて程の売上げを上げることはできず、業界への影響力も日に日に落ちていったといえるだろう。
しかし、そうはいってもビーイングが何の活動もしていなかったわけではない。逆にこの衰退期・暗黒期に出てきたアーティストはかなりの実力を有していた。そしてそれらアーティストはかつてのようにメガヒットを連発することはなかったものの、その高い実力によって業界の地位の一角を占め続けた。この時期の方針は、基本的には「躍進期・絶頂期」の路線を踏襲しているものの、その違いとして以下の点を上げる事が出来る。

@実力重視
Aアーティストの個性を全面的に押し出す
B時代に左右されない楽曲の追及
Cアニメのタイアップの強化
D実力者に限ってはテレビやライブの解禁

まず、94年、突如として登場した川島だりあ・倉田冬樹率いる「Feel so Bad」は、ビーイングの歴史の中はおろか、日本が生み出したアーティストやバンドグループの中でも最高峰の実力を誇っていたといえる。ある意味ガーネットクロウ以上といってもいいといえる唯一のアーティストではなかろうか。
それはともかく、彼らの音楽は今までのビーイングや川島だりあが送り出してきた音楽とは根本的に違っていた。本格的ヘビーメタルやスラッシュメタルを体現しつつ、彼らならではの知的さや和の要素を盛り込んだ詩と卓越した演奏力により作られた楽曲は、圧倒的な個性と迫力とを有していた。海外バンドもかくやという力量である。
そして95年、ビーイングの歴史を代表するアーティスト、PAMELAHが登場する。PAMELAHは、当時隆盛していたエイベックスの得意とするユーロビート的サウンドやテクノポップをふんだんに取り入れつつも、ビーイング得意の哀愁漂うメロディーと、小澤の切れ味鋭いギターによって彼らならではの個性を出していた。1995年は、ビーイングの隠れた黄金期であったといえる。また、Feel〜が積極的なライブ活動、パメラが積極的なテレビ出演と従来のビーイングの方針に反する活動をとったことも興味深い。まあ彼らの実力を考えると当然の事であるが・・・。
この時代のビーイングを考察する上でアニメのタイアップの強化も見逃してはならない。ビーイングがこの衰退期においても消えることがなかったのには、「ドラゴンボールZ」や「スラムダンク」「中華一番」「名探偵コナン」など当時人気のあったアニメのオープニング・エンディング曲に積極的なタイアップをすることにより、売上げを獲得したことにある。WANDS、FIELD OF VIEW 、大黒摩季、DEENらはこのことによって曲の売上げを伸ばし、生きながらえたといえる。ビーイングが積極的に行ったアニメタイアップの方法論は、アニメが音楽業界における一つのビジネスとして確立できることを証明した。この方法論は今においてもタイアップの一つの主流を成しており、GIZAやエイベックスやソニーレコードによって積極的に行われている。(仁義泣き「アニメ戦争」が勃発しているが、このことはいずれ他事争論で述べたい。)
しかしながら、これら以外のアーティスト、例えば96年にデビューしたBA−JIと97年にデビューした秋吉契里などは殆ど日が当たることなくすぐに消え去ってしまった。彼らに実力がなかったわけではなく、時の運とビーイングのよき戦略に恵まれなかったことにある。
そして総じて、この時代はビーイングらしさというものがアーティストや楽曲にそれほど反映されず、どちらかというとアーティスト個々の実力に頼りすぎた感があった。
だが、同じ年に登場した小松未歩は別格であった。彼女は以前からWANDSやFIELD OF VIEW の楽曲提供者として活躍していたが、一躍その名を知らしめたのは、当時絶大な人気を得つつあった「名探偵コナン」の3代目オープニング曲としてタイアップされた「謎」である。この曲をはじめ、彼女が世に送り出した楽曲は、ビーイングを象徴するような卓越したメロディーセンスを有していた。彼女はかつてのビーイングの基本戦略どおり、テレビもライブ活動もせず、出身地と趣味以外の情報について一切不明ではあったものの、今までのビーイングのソロアーティストの中でも最高の楽曲製作能力を持って確実に業界に存在を知らしめた。
彼女が登場した時点では、ZARD・WANDS・大黒摩季といったビーイングを支えてきた主軸アーティストもかつての勢いを殆ど失っている中、この一人の天才の出現は起死回生の出来事であったといってよいだろう。「名探偵コナン」でのタイアップ曲を中心とした彼女の活躍は、後の名探偵コナンのタイアップの独占(TWO−MIXを除く)に大きく貢献した。歴史にもしもはないが、彼女の存在がなかったら、後のGIZAアーティストの活躍はなかったと私は思う。

そして1998年、MISIAと宇多田ヒカルの登場により、小室系及びプロデューサ時代が終焉を迎える中、今日までに至るビーイングの中心体制となっているGIZAレコードが設立される。
次回からはGIZAレコード体制〜第2の黄金期について述べていく。  







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