♪File:24 浜崎あゆみ論〜落ちていく歌姫


今まで、少しではあるものの、宇多田ヒカルと倉木麻衣について述べてきた。(両者については、いずれまたきちんとした形で比較論をやります。)。で今回は、今現在、宇多田と並びまぎれもなく日本のトップアーティストである浜崎あゆみについて述べていく。
2年連続売上げ総額1位、レコード大賞2年連続受賞など空前の記録を持ち、第二の絶頂期と称してもよいような彼女に対し、何故上記タイトルをつけた論を展開するのか。その問いに対する答えを、「近い将来、おそらく浜崎が陥るであろう状態」をこれまでと今の浜崎を取り巻く状況や楽曲を、簡単ではありますが、分析することによって示せたらと考えている。うまく論を展開できるか自信がないのですが・・・。。

まず、始めに自分の立場を説明しておきますが、私は浜崎のファンではありません。それでも、デビュー当初である90年代後半、長尾大らを中心に世に送り出した名曲の数々、及び若者の心情を単純ではあるものの明確に表現した浜崎の詩などに対しては高く評価している。
そして何より、自分の体験や感情といったものを旨く纏め上げた詩を、切実さと説得力溢れる歌唱で歌い上げたことが、当時彼女と同世代〜特に女性を中心に絶大な支持を得た要因であり、それはまた納得のいくことでもある。

しかし、今なお他を寄せ付けない売上げを誇っているものの、私がファンではないということを差し引いても、21世紀になってからの彼女の曲に何の魅力も感じないのである。

かつては、浜崎の楽曲製作者たる長尾大らの楽曲そのものの完成度が総じて下がっていることを、その最大の理由としていたが、最新作「Rainbow」を聞いてそれだけではないと考えるようになった。それは、楽曲の完成度の低下と同等かそれ以上に、彼女をとりまく環境の変化によって、彼女の詩と歌唱とが有する説得力が大幅に低下したことがある。

このことをもう少し詳しくいうと
@彼女が詩と歌唱とをもって批判してきた大人に彼女がなってしまったこと。
Aトップアーティストとして上り詰めた彼女の存在自身が、これまた彼女が批判してきた一つの「権威」になってしまったこと。
B地位的にも私生活においても充実した境遇になってしまったが故に、悲壮感漂う曲が微妙に合わなくなったこと。
C成功してしまったが故に、彼女の音楽や歌に対する覇気や野心というものを感じなくなったこと。

ということになろう。つまりは、彼女の最大の支持者である若者達の代弁者たる地位を喪失してしまったということに集約されている。
このことは、CDの売上げの低下に如実に証明されている。一応総合売上げこそ2年連続でNo.1となってはいるが、僅差で2位になった宇多田と比べると、販売点数に著しい差があることから、その内実はかなりお寒いものといえよう。
最近では、業界の盟主の地位を維持しようと、やたらとCDを乱発したり、従来の販売戦略を大きく変更し、愛想笑いをさせたりトークをさせたり、ユーモア溢れるCMに出演させたり等、なりふり構わなくなってきたが、このことがまさに彼女の凋落振りや事務所のあせりを如実に示している。
彼女のライバルであろう、宇多田や倉木や矢井田らに比べ、彼女にはとりたてての音楽的才能がないことからも、この問題はなおのこと深刻ではないのだろうか。今後、アーティストとしての浜崎あゆみをどのように導いていくのか、何をさせるのか今きちんとした戦略を立てていかないと、彼女の地位はますます低下の一途をたどるだけである。

まあ、批判ばかりしても何なので、彼女が復活するためにはどうしたらよいか、私なりの見解を示したい。
それは、まず従来の商業的路線や大衆路線を捨て、とことん自分の思想を突き詰めたアーティスト路線へと転向すること。つまりは、時代や流行に左右されない孤高の音楽世界を構築していくことにある。「Rainbow」収録の「Heartplace」などの路線がそう。そして次に、それを可能とするために作曲陣を一新すること。正直今の製作人では、何の成長も見込めないと思います。浜崎の新たな魅力を引き出すことの出来る作曲家を見つけ、発掘することが今の浜崎に最も必要なことであると私は確信している。
ただ、当然のことながらこれを為すことはすさまじいまでの苦労と努力とを必要とすることは言うまでもない。その苦労と努力に今の浜崎がついていくことができるのか、ある意味このことが今後の鍵を握っているといえよう。
個人的には、彼女が復活する可能性はかなり低いと厳しい見解をもっているが・・・。

次回のテーマは「AZUKI七の詩の魅力に迫る」を予定しております。







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