他事争論

File167 私をたどる物語〜高校編


今年でサイトを終了することに決定したので、この他事争論においても、それに相応しい内容にしようと思う。それは、昔々の話・・・。自分の音楽観の形成に重大な影響を与えた話である・・・。

このサイトにおいて、レビュー、評論、アーティスト評価などいろんなことをやってきた。その根底を為すものであり自分でも大事にしているのが、「良いものは良い、悪いものは悪い」と何に対してもしっかりと言うことである。ファンであるアーティストであろうと好きでもないアーティストであろうと・・・。「傲慢・勝手」と言ってしまえばその通りであるが、どのみち各種論展開において自身の主観を完全に払拭することが出来ない以上、サイト運営において、私は自分の感性や気持ちにいつも正直でいたいと考えている。

この考えを形成したのは高校生の時。そのきっかけとして二人の人物の存在がある。
一人はHR・HM評論家でかつてはBURRNレビュアーの一人であった和田誠。そしてもう一人は高校時代にお世話になった音楽教師である。ここでは後者について記していく。

ちょっと自慢話であるが、昔から音楽の成績はよかった。音楽教室やピアノ教室に通っていたわけではないが、それなりに音感がよく、歌も歌え、音楽史が得意だったことから、小学校・中学校の音楽の成績は常に「5」であった。男性の人数が少ない「合唱部」から臨時部員として雇われたこともある。ようは「俺って音楽得意」と天狗になっていたわけだ。

しかし、その鼻っ柱をへし折ってくれたのが、高校の時の音楽教師である。音楽が好きであったし、得意でもあったので当然高校の選択芸術科目で「音楽」を選んだわけであるが、もうそこで展開された授業は、想像の範疇や常識を遥かに超えていた・・・。

まず、びっくりしたのが文部省指定の教科書を「こんな低レベルのものは使うに値しない」と言い切り全く使用しなかったこと。代わりに使用したのは、「普通科の高校」の「普通科選択」であるにも関わらず、ヤマハや河合の楽器専門店で売っているような本場のイタリア歌曲・ドイツ歌曲集。音楽史の勉強も楽器の演奏も全くなく、やるのはただひたすら「歌」だけなのである。それだけでも驚きだが、それすらも比較にならないぐらいに驚きなのは授業の進め方である。

「今日からはこの曲をやる」と言うや否や、特定人物を指差し、「そこのお前、歌え」と言う。事前の音聞かせも見本の提示も何もなく、「楽譜を見ただけですぐに且つ完璧に歌え」というわけである。もちろん、中にはできるものもいたが、大半のものは出来ない。しかし、そんな個々人の事情や技術関係なく、出来なければ、「お前のところには文化がないのか!!」と散々叱責される。
さらに、単に「音程をはずさず歌えばいい」だけではない。そこで問われるのは、音と音の間の音程、拍ごとの強弱のつけ方、完璧なドイツ語・イタリア語の発音。それらが先生にとって「まとも」と言えるようなレベルに達するまでただひたすら練習の繰り返し。

定期的に行われる歌のテストに関しては、さらにさらにとんでもない。曲を歌うときに念頭におくことや心情を論述形式書かされ、一方で曲のアレンジまでさせられるのである。歌い終わった後には、論述した内容に照らし合わせ良かった点や反省点を口述させられる。そして、先生の容赦ない評価と感想が・・・。

歌の練習以外の時は、ひたすら先生の音楽観を聞かされることになるのだが、こちらもまたとんでもない。有名音楽家やアーティストを「〜は下手だ」とか「〜は音楽がわかっていない」と「名指し」で批判しまくるのである。そのあまりの容赦のなさに生徒一同はひたすら圧倒され、ただただ黙って聴いているだけ。自分が「この人はすごいのでは」と思っていた人が容赦なくこき下ろされていく様に、当時はかなりショックを受けてしまった・・・。
しかし、それでも「不快感」を感じるどころか逆に爽快さや、音楽および音楽評論に対する興味がわいてきたから、実に不思議である。そうさせるのには、その論理が非常に明確かつ的を得ていることと、それ以上に音楽の専門家によくありがちな「クラシック至上主義でそれ以外の音楽を見下す」という狭い考えがないことにあった。
バッハやショパンの曲、童謡や民謡のすばらしさを語る一方で、ローリングストーンズの凄さや森進一の歌唱についても解説していく・・・。その幅広さには驚かされた。この先生にあったのは、「音楽に対する真摯な思い」、ただそれだけなのである。この考えは、今なお私に絶大な影響を及ぼし続けている・・・。

また、生徒評価に対する思想にも大変感心させられた。相対評価であった当時においては、1〜5の評点を決められた比率に従って必ず割り振らなければならない。しかし、この人は「そんな評価の仕方は教育ではない。一生懸命学ぼうとしている人に対する侮辱だ」と言い切って無視し、「きちんと努力の跡を見せたもの」「意欲的に授業に臨んだもの」に対して3以上の評価を与え続けた。

今にして思えば、今音楽評論や音楽を見聞きする上で必要となる耳・リズム感・音感、そして思想のほとんどをこの先生の授業を通して培ったように思う。逆に言うと、この先生との出会いがなければ、このサイトはおろか音楽評論らしきものをやろうとすら思わなかっただろう。当時は結構腹が立つこともあったが、今ではとてもいい思い出。後になってから気づくありがたみである。

先生は当時退職1年前の59歳。今はいかがお過ごしなのだろうか・・・。

追記:
今はどうかは知らないが、この先生が顧問を勤めていた時の音楽部は異常に強く、普通科の高校なのに「NHK音楽コンクール高校生の部合唱部門」の愛知県代表常連校であった。そういうこともあってか、合唱オンリーで、ピアノの維持費と遠征費以外に経費がほとんどかからないにも関わらず、学校の部活動予算の「半分」を分捕っていた(らしい)・・・。

次回は大学時代のことについて記していく予定。






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