File146 ビーイング変遷史2004年D


2004年のGIZAを考える上で重要な項目として、やはり倉木・愛内・三頭体制の崩壊を書かなければならない。
ところでこの三頭体制という言葉、世界史や古代ローマ史に興味のおありの方であれば、その元ネタを恐らくご存知であろう。そう、三頭政治から取ったのである。
B.C1世紀ごろ、共和制から帝政へのと動きだした当時のローマにおいて、カエサル・クラッスス・ポンペイウスの3人の実力者が各々の強みを生かし、一方で他者の弱みを補いつつ、機能不全をきたした元老院に代わり政治・軍事といった権力を分担し、共同でローマを支配した体制のことを総称したものである。しかし、それは各々が独力でローマを統治できる力がなかったが故の措置であり、各々人物の野心と打算とが渦巻く危うい関係性の上に成り立っているものであった。実際クラッススのあっけない戦死を期に一気にその体制が崩れ、ポンペイウスとカエサルの対立が表面化する。そしてカエサルの天下になる。
では、GIZAの3頭体制は如何様のものであったのだろうか。
ローマの3頭体制がそうであったように、各々に役割があったと考える。積極的なメディア展開によってGIZAの切り込み隊長的・広告塔的役割を果たした愛内。優れた能力と個性とを生かし、今までのB系音楽とは違う通好みの音楽を生み出したガーネットクロウ。そして類まれな柔軟性と規制されたメディア戦略により、巨大な売上と絶大な人気を獲得し、社の稼ぎ頭・象徴的存在として君臨した倉木、というように・・・。そして、この3者に共通していたのは、「質の高い曲」を安定供給したことと、今までのビーイング系列の方針に反し、ライブも積極的に行ったこと。そういったこともあり、2001〜2002年にかけて、この3アーティストは業界内でも注目に値する活動ぶりを見せた。しかし、ローマの三頭政治が長続きしなかったのと同様、GIZAの三頭体制も長続きしなかった。その崩壊の兆しは2003年後半から現れ、2004年の1年間でほぼ崩壊してしまった。では、この3者の中で体制の崩壊をもたらした〜つまりはクラッススになってしまったのは誰だろうか。もちろんそれは愛内である。何故なら、自身の役割をきちんと果たせなかったからである。

2004年を考えると、GIZA主軸3アーティストすべてがその地位を失墜させたといっていいだろう。だが、ベストアルバムをかなりの枚数売り、全国ツアーも行った倉木や、「I'm waiting 4 you」という傑作を送り出したガーネットクロウは、売上や地位を失墜させながらも、なお自身の仕事をこなし・奮闘したと言うことが出来る。では、愛内はどうだろうか?。
売上に関しては、アルバムこそ10万枚いったものの、シングルでは150位以内にも入らなかった。2003年が100位以内に入っていた実情を見ると、厳しい結果になったといえる。しかし、そのこと以上に、GIZAの「対メディア戦における切込み隊長」的役割を果たせなかった方が遥かに問題だと考えている。何度となくテレビ出演をしてきたが、総じてぱっとしなかったからである。何故なのだろうか。もちろん、愛内の曲の悪さが最大の理由だが、それ以外にも見逃せない大きな理由が存在する。それは、

@大塚愛の存在
A愛内のファッション戦略の問題


の2つ。@から説明していこう。
愛内の対メディア戦略の売り要素として、

A:歌声とあまりに違う話し声、
B:関西的ユーモアなノリに基づく親しみやすさ・愛らしさ

があるのではないだろうか。だが、A:の話し声に関しては、既にデビューしてから5年もたったので人々も完全に慣れてしまい、もはや話題になることはなくなってしまった。故にこで重要になるのはB。しかし、この要素に関しては、後発の大塚と完全に被ってしまったといえるだろう。時の運や社の組織力の差もあるが、大塚の登場・躍進によって彼女の存在がかなり薄れたように思うのは、気のせいだろうか。個人的に愛内のファン層をかなり持っていかれたのではと考えている。さらに、このことは愛内一人だけの問題にとどまらず、三枝にも影響が行ってしまった。現に三枝の8thはそれ以前の流れとは代わり、大塚色への傾倒が見られた。
少し話はそれたが、絵も上手く、エロネタなどもOKでトークにも慣れ、ファッションもよくなってきた大塚は、何だかんだ言っても優等生的感があり性的な要素で男性メインでしかウケない愛内や三枝よりも、メディア戦略で遥かに優位にたっている。関西ならではのキャラメリットも大塚に取られ、音楽家としてのセンスにおいては遥かに劣り、歌唱力とスタイルのよさ以外とりたてて大塚に勝てる点のないこの両名の弱さ〜特にメディアに積極的に出ていた愛内の弱さを痛感した1年だといえよう(大塚のキャラに対抗できるのは、GIZAでは北原だけのような気がする)。さらに、この弱さの一端を担っているのは、愛内のファッションである。

このことは、日記やアルバムレビュー、2004年の総評などでも書いており重複になるが、あえて記す。
浜崎が失墜し、R&Bブームも終わりになり、代わって癒し系ブームになってからというもの、一青窈や平原、大塚など見ればわかるが、アーティストにファッションリーダーとしての魅力が求められる時代ではなくなった。今テレビや映画で大活躍している、JJやCancam、ノンノ出身のモデルタレントや、それより下の世代対象のファッション誌のモデルがその代わりを担うようになった。さらに、グラビアアイドルや女優、タレントなどを見ても、韓流ブームや純愛ブームの影響を受け、ファッション性やスタイルどうのこうのというよりも、「明るさ」「楽しさ」「清純」「かわいらしさ」「素朴さ」「ひたむきさ」といったような要素が求められるようになり、長澤まさみ、加藤ローサ、石原さとみ、原田夏希、上野樹里、安田美沙子などなど、これら言葉を感じさせる人々が幅広く支持されるようになってきている。だから、ネールや髪型、服装などに執拗なこだわりを見せている愛内は、正直に言って見ていてかなり寒い。テレビ出演の際には、裸の王様が如く場違いな空気感を放出しまくっている(いいと言う人もいるだろうが、それと同じくらい「キモイ」と言う人もいるだろうな)。
さらに愛内には自己矛盾がある。初期のころとは違い愛内の支持者の殆どが、浜崎とは違い男性であるからだ(愛内の活動が成熟するにつれ、その比率が上がっているのではないか?)。私もそうなのだが、その殆どが、「彼女のルックス・スタイル」に興味があるだけで、ネールアートや細かな服の装飾などどうでもいいと思っているものばかりであろう。徹底的にファッションに拘ったとしても、それが戦略的な利点になることはありえない。このことは、ライブにおける舞台演出に関しても同様のことが言える。昨年の「里菜祭り」は、例年以上にその演出も衣装も寒くて見ていられなかった。三枝、北原、岸本などノーマルな装いできちんと歌を歌ったゲスト陣の方がずっと魅力に富んでいたと思う。
愛内は、スタイルもルックスもかなりいいので、個人的には過剰なファッションや演出をやめていただき、もっとシンプルな方向性でいって貰いたく思う。でないと、彼女も今以上に身内ウケだけのアーティストとなり、この先さらに売上が減ってくるのは必死。

話がだいぶそれてしまったが、昨年の愛内の失墜の一端を担うメディア戦略の失敗は、GIZAのメディア戦略そのものの失敗を象徴する出来事といっていいだろう。もうバカ丸出しである。メディアの利点を生かしきれなかったことは、メジャーアーティストしての存在意義を半ば放棄したようなものである。同じくテレビで売ろうとし失敗した三枝の、その後の失速振りを見ても、このことは言える。テレビ出演を基本的に行っていない倉木や、トークがダメダメ&曲がテレビ映えしないガーネットクロウでは、愛内が担っていた役割を果たすことができない。岸本や北原がかろうじてできるとはいえるが、今までの彼女らの実績を見るに、ゴールデンの音楽番組をはじめ積極的に起用してくれる番組はないだろう。まさに自らの戦略が招いた愚かな結果に他ならない。愛内をはじめとして何故こうなる前に手を打たなかったのだろうか・・・。

以上のような点と、アルバムレビューで述べた音楽性の問題もあり、今のGIZAは倉木とガーネットクロウの2頭体制になったと考える。ただし、実際のところ、この2組ですらもはや「頭」といえる状態ではないだろう。ガーネットクロウはアルバムもシングルも出来はいいが、売上は完全に落ちている。倉木に関しては、最新曲において迷走振りを見せた。各々のファンがどう考えようと自由であるが、売上で考えると両名とももはやマイナーアーティストとしか言いようがない。
以前に述べたように、GIZAの作曲陣が崩壊していることから、将来的な予想に関しては、ガーネットクロウと小松未歩、と自作2アーティストが低水準でかろうじて生存し、それ以外の非自作のアーティストに関しては、いつ消えてもおかしくない状況になると考えている。下手をすると社そのものが危なくなるのではないだろうか・・・。しかし、今のGIZAに全く希望がないかというと、そうではないだろう。愚かなのはメディア戦略や販売戦略や実力のない新人の乱発登用であり、所属アーティストの質が必ずしも低いわけではないからだ。次回では、こういった状況においても、かろうじて見出せる希望であろう竹井と岸本について記していく。





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