File145 ビーイング変遷史2004年C


無計画で将来的な視点も何もない新人の乱発は、今までのGIZAを引っ張ってきたアーティストにも大きな影響を及ぼしてしまっているといわざるを得ない。その最たるものが曲の質と販売力の全体的な低下である。
まず前者に関して述べて行く。

GIZAのアーティスト数に関しては、基本的に24枠が維持されていることもあり、総数に推移はない。誰かが入れば誰かが外される、それの繰り返しである。しかし、その内実に関しては、考慮すべきものが多々あるといえる。
既に枠から外された、ないしは、事実上の活動停止状態のアーティストは、吉田・山口・松橋・New sinema蜥蜴・ルーマニアモンテビデオ・ラムジェットプーリー・4D−JAM・Soul Crusaders・上原あずみ、JASON ZODIAC、Les MAUVAIS 、Nothi'n but Love、GARCONNESなどなど。また、一応は公式サイトに残っているが、WAGやタンバリンズも状況的にかなり厳しく、実質虫の息といってもいいだろう。
一方、アーティスト整理が始まりだした2002年以降に増えたアーティストは、三枝・北原・菅崎・岸本・滴草・高岡・ジュエリー・スパークリングポイント・竹井詩織里・青紀ひかり・岩田さゆり・doa・OOMなど・・・。数だけ見てみれば、ほぼ同じ。しかし、自身ないしはグループ内で作曲しているものの数(全曲でなくてもメインで殆どの曲を書いているのも含む)を見てみるとどうなるだろうか。
前者の項目では、わかっている範囲で9アーティストいるのに対し、後者では、高岡・doa・OOMの3アーティストしかいない。青紀に関しては現段階では不明。もう説明するまでもないが、ここ数年のGIZAアーティストの顔ぶれを見ると、「自作アーティストが減り、非自作アーティストが増える」の傾向を露骨に見せる結果になっている。その中でも2004年にデビューした高岡・ジュエリー・スパクリ・doa・竹井・青紀のうち自作は高岡・doaとわずか2組。非自作アーティストの急激な増加である。

では、こういったアーティストに曲を提供する「作曲家」の数はどうだろうか?。

以前に書いたビーイング変遷史(File39)と比べるとかなり増えてはいる。だが、実は問題があって、File39の論考を書いた当時は今よりもGIZAに関する知識がなかったことと、中村や小松とかに関しては「提供者」ではなく歌手として認識したために数に含んでいなかったこととがある。それが数に大きな差を生じさす理由になってしまったので、この後の文面を読む際に、頭の片隅にこのことを置いていただけたら幸いである。
で、このことを考慮すると実質の作曲家の増加は、高森と後藤・沢井の3名ではないだろうか。非自作の新人アーティストが、辞めた自作アーティストの3倍増えた状況で、作曲家の増加は3名程度。しかも、高森・後藤に関しては「ほぼ竹井オンリー」で、沢井に関しては提供曲は殆どないという状況を見ると、「実質、作曲家は増えていない」と解釈してよいのではないだろうか。
しかし、これだけでも問題は深刻なのに、もう一つ目に見えない形の問題がある。それは、新人としてデビューしたdoaとOOMのメンバーにGIZAの古参の作曲家といってもいい徳永と大賀の二人が入っていることである。両者は作曲だけでなく編曲も(大賀に関してはツアーメンバーも)こなしていることもあり、自分のバンドの活動と平行しての他者への曲提供や編曲となる。そういう状況で質と個性とに秀でた曲を生み出せるのであろうか。このことは、この両名のみならず、ガーネットクロウに所属している中村と岡本と古井、三枝INdbに所属している岩井、恐らく今年デビューの予定のカーマインのメンバーである村田・加藤コンビ、そして小松未歩らに関しても、実は同様のことがいえる。彼らが他者の作編曲など担当することは、その時点で仕事の格段の増加を意味している。
さらに、さらに、File142であげた作曲家の面々を見るに、川島・金子・宝仙・corin・綿貫らと専業ないしはほぼ専業の作曲家の曲が何故か著しく少ないときている。もちろん、彼らにそれにたる実力がないこともあるが、その結果はというと、ご周知の通り、大野と徳永、特に大野にとてつもない負担がかかることになってしまった。
大野に関しては2004年デビューの6アーティストのうち4アーティストの曲+岸本・倉木・三枝・愛内らのシングル・カップリング・アルバムオリジナル曲などを手がけた&2005年初頭の非自作アーティストの表題曲すべてを作曲という、「どう考えても異常」というべきものになってしまった。絶頂期であろうはずの1999〜2002年時と比べても、曲数の差は歴然。全盛期の小室に匹敵するぐらいの仕事量ではないだろうか。かつての小室がそうだったように、こうした状況においては、いかな才人であっても、優れたものを期待するのは酷であろう。歴史が証明してきた真理である。現に昨年からというもの、当サイト以外にも大野曲の出来に対する不満を診ることが大変多くなったように思う。私個人でも、大野曲に対して史上初めて★1つをつけてしまった点を含め、以前の他事争論でも述べたが、「1曲も満足」してはいない。

優れた能力者に仕事が集中するのは、芸術・創造分野の必然ではあるが、物事には限度というものがある。新たに入ってきた新人のために主力の作家を回す事態は、仕事量の増加と、既存アーティストに回るそれら作曲家の曲の数の低下、ならびに提供曲全体の質の低下をもたらすだけという、実に愚かな結果をもたらしたに過ぎない、ということを、いい加減GIZAの方々に「真剣」に認識していただきたいものだ。「最悪な自転車操業」で「崩壊一歩手前では?」としか思えない状況の解決は、実はさほど難しくはないように思うのだが、当の本人たちにその気がないことが、ある意味最大の問題でもあろう。

長くなったが後者についても述べていく。
これはもういわれるまでもないが、新人アーティスト数が増えれば増えるほど、最初にそのアーティストが世間や業界に認知されるために使用する初期投資とも言うべき費用がかさむ。売れてからよりも、売れるまでに使用するお金が多いのは、この業界で当たり前のことであろう(売れたアーティストの宣伝費用は多いが、それが儲けにつながる算段がつけやすいという利点がある)。しかも、初期投資をつめば必ず売れるというわけでもないことから、当たり前でありながらも危険性も含んでいる。今、倉木の作品を10万枚売るために費やす資金と、竹井や高岡の作品を10万枚売るために費やす費用とがどれぐらいになるかと、いい加減に考えても、このことは容易に理解できる。仮に倉木に費やした10倍の資金をかけても、恐らく高岡や竹井が倉木と同じくらい売れることはないだろう。
さらに、新人に費用がまわってしまうので、既存アーティストに使用するそれが減ってしまうのも、これまた当然のことである。売上が増えない限り、誰かに対する投資が増えれば誰かが減る。この原理の顕著な犠牲者が、結局のところ今までのGIZAを支えてきたアーティストになる。すべてがこの問題のせい、とはいわないが、ガーネットクロウや愛内、北原といったアーティストがかつてより売れなくなった理由の一つに、新人のために費用が回りすぎで、ろくに新曲のプロモーションをやってもらえなかったことが少なからずあるのではないだろうか。そして、このことは、かつて小松や倉木が稼いだ資金が他のGIZAアーティストのデビューのために役立った点を考慮するに、「既存アーティストの崩壊は結局のところ新人もろともの共倒れ現象」をもたらし、最終的には販売力の低下ならびに社の崩壊に繋がるのではないだろうか。

対外的な販売戦略をとらない&弱小中小という会社柄、大手他社に対抗するには、他社にはない小回りのよさと協力体制で曲と歌い手の質のよさを求めていくしかない。この重要要素はすべての戦略の根幹である。私が項目Cとして「GIZAの販売の戦略に失敗」と断じたのは、このためである。

次回から「3頭体制の崩壊」について記していく。





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