File144 ビーイング変遷史2004年B


2004年。2003年時からGIZAの売上が大きく落ちているのにも関わらず、多くのアーティストを切り捨てる結果になったにも関わらず、竹井詩織里、ジュエリー、スパクリ、高岡亜衣、青紀ひかり、doaと多くのアーティストがデビューする。が、File142で記したとおり、その結果は惨憺たるものに。倉木・愛内・ガーネットクロウといった面々すら信じられないような苦戦を強いられた中、上記アーティストらはその結果すら把握できないほどの数値で、何枚売ったのかなんてさっぱりわからない。だが、ここで私が問いただしたいのは、商的な失敗もさることながら、それ以上にこの結果を生み出す理由にも確実になったであろうアーティストとしての質の低さ・楽曲の質の低さ、そしてそういったものを平気で世に送り出す戦略や良心のなさである。雑論的に記していく(doaは除く)。

ここでやはり一番問われるべきは、ジュエリー、スパクリの両名。ファンには申し訳ないが、彼女らをGIZAの新人として送り出したことに意味を感じない。その理由は、
@GIZAらしくない容貌 
AGIZAらしい曲の魅力がない
B時代にあっていない
C @〜Bの項目を払拭するだけの実力や魅力がない


である。つまりはGIZAアーティストとしての魅力や強みを感じないということだ。3つに分けたものの、詳細に関してはまとめて述べていく。
容貌に関しては、人それぞれに思うところがあるとは思うが、彼女らの容貌が世の男どもを中心に絶大な支持を得るものであるかどうかに関しては、かなり疑問がある。GIZAはビーイング時代から、ZARDやマニッシュ、パメラなどに見るように、積極的なメディア展開をしないにも関わらず、いや、そうであるからこそ、数秒のCMやCDジャケなどで人の目を惹く容貌に徹底したこだわりを見せた。そしてそれはある程度の成功を収めてきたし、GIZAになっても大きな強みでもあった。三枝・北原はその頂点であろう。しかし、メディアへの積極展開を図っていくべき形態であるはずのスパクリとジュエリーの両名に関して、そうでないのはどういうことだろうか?。
また、GIZAの曲の強みは、アイドル歌謡的な曲と洋楽的曲を巧みに融合させた完成度の高いメロディアスな曲と、それと抜群の相性を見せる歌い手の声質にある。ZARDや小松、倉木、愛内といったアーティストがヒットしたのは、このことがあったからに他ならない。だが、メロディーと声質、まさにGIZAの武器といってもいいこの2要素を彼女らは見せてはいない。作曲者の問題もあるが曲は月並み、歌唱も並、声質も並、容貌も並ではお話にならない。
そして、そもそもこの手のアイドルグループが今時代的に完全に下火になっているのにも関わらず、わざわざ世に送り出そうとするGIZAの真意が全くわかりかねる。ジュエリーに関しては、「韓流ブーム」の影響、というのがなんとなくわかるが、その後の戦略は?というのが不明確。こういうブームはせいぜい2年程度ぐらいしか続かないという過去の事例を見ても(癒し系とかもそう、カバーブームも3年程度)、いったいどうする気なのだろうか。それ以前に、こういったグループは元々賞味期限が短いので、いかにその期間内において「荒稼ぎ」するかが重要なのだが、このことに関してはもはや説明するまでもないだろう。

時代の流れに反する戦略をとるのも、王道の戦略といえる。それによって流れを自分の所に引き寄せたり市場を独占したり・・・と。音楽だけでなく多くの業種でとられている基本的なものである。しかし、これを為すには、当然のことであるが時代の流れを覆すに足る技量・魅力といったものがなければならない。例えば90年代後半に、宇多田やMISIAらが構築したR&B全盛期と平行して大活躍した椎名やモーニング娘はその典型である。では、ジュエリーとスパクリはどうか。もう上記であるように、それが全くない。仮にそれがなくても、せめてGIZAらしささえあれば、狭い範囲ではあるものの、ファンに愛されるだろう。だが、話は最初に戻るが、それすらない彼女らは、まさにどこからも浮いている状態になっている。北原や三枝と比べても、彼女らのことがGIZAファンの間で話題になることは、GIZAのファンサイトを見ていればわかるのだが、実に少ない。いったいGIZAは彼女らをして何をしたいのだろうか・・・。

うだうだ述べてきたものの、彼女らや彼女らのファンには申し訳ないが、そう遠くない将来に彼女らは確実に消えることになろう。厳しい言になるが、彼女らに魅力も実力もないからに他ならないから。だが、許されないのは、そういった彼女らを担ぎ出したGIZAにある。まあ本人たちの考えがわからないので断定は出来ないが、少なくとも私は、「彼女らはGIZAの愚かな戦略の犠牲者」であると思っている。

だいぶ話が長くなったが、スパクリとジュエリー以外についても述べていこう。

高岡に関しても問題が多い。美人ではあるものの、キツイ印象がぬぐえない高岡の容貌もGIZA的でないといえる。影のある美人、浮世離れした風貌、とにかくかわいいがこそ、GIZA的美人であると思っているので、彼女の美貌を高く評価しつつも違和感がありありであった。JJやCancam的な容貌は、ビーイングファンが求めるものではない。ただ、彼女の場合も結局スパクリやジュエリーと同様、容貌よりも曲・歌・声質の方が遥かに問題である。
アブリルの影響を露骨に受けたであろうロック然とした音楽は、メロディー思考のビーイング音楽と相性が悪い。さらにこういった曲を歌うにしては、高岡の歌唱技術は低いと言わざるを得ない。さらに線の細い歌唱との相性も露骨に悪い。それでも曲の質が高ければまだいいのだが、申し訳ないが、シングルもアルバムに盛り込まれた自作曲も単調なメロディーと歌唱とが完全にネックになって、アルバムの出来は単なる凡作としかいいようばない。。ネットの各所でもこの作品を高く評価している人にあまりお目にかかったことがない。ヤフーレビューの書き込み数もわずか2つ。このことが彼女を取り巻く状況を端的に示しているといえるだろう。

竹井に関しては、2004年デビューの中で唯一気を吐いたといえよう。歌唱力・声質・容貌ともGIZAの歴史を振り返っても屈指のものである。商戦的には成功とは言いがたいが、GIZA的魅力を見せ付ける彼女は、彼女の魅力に即した良曲をGIZAがつけている限り沈むことはないと断言する。心配なのはGIZAが彼女に対してなめた扱いをしないかどうかだけ。

青紀に関しては、今のところ語るだけの材料がない。わかるのは抜群の歌唱力があることと、竹井やFayrayと音楽性が被る可能性があること。そしてそれらしい販売戦略が全くとられていないことのみ。この点を考えると現状ではかなり厳しいといえるだろう。彼女に関しても各種ファンサイトで取り上げられているのを殆ど目にしたことがない。

竹井・青紀を除いて上記で問題にした3アーティストに共通しているのは、繰り返しになるが、アーティストとしての力量・魅力がないのみならず、「GIZAアーティスト」としてのそれにも欠けるということ。これではお話にならない。別に私は技術に拘ってはいない。それは経験を積むうちにある程度ついてくる。だから声質の魅力とそれを生かすよい曲だけがあればいいのである。岸本・北原・三枝などは、この2つだけで登場し成り上がってきたのだから・・・。

ファンの方には申し訳ないが、正直に言って、この3アーティストらがどうなろうと私には何の興味もない。では、何故ここまで書き連ねるのか?。それはGIZAの他のアーティストに甚大なまでの悪しき影響を与えているからに他ならない。アーティストを売り出すには、資金の確保、販売戦略、詞・曲・編曲といった製作作業と多大なものを必要とする。社の売上が減れば減るほど、抱えるアーティスト数が増えれば増えるほど、資金的な負担や製作や販売に携わる人の負担が比例して増えていくのは当然のことである。それは、同時にアーティスト一人当たりに割かれる資金と人が減っていくことを意味する。それは音楽作成から販売におけるあらゆる面の質を下げることに繋がる。商戦的なものを除いてその最たるものは、前回で示したように大野曲を中心とした楽曲レベルの低下である。そう、つまりは項目Cに繋がっていく・・・。

その話は次回で。





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