♪File:3 2003年女性音楽シーン予想


当たるのか当たらないのかわかりませんが、今までの経験と最近の音楽シーンの流れから、今年の女性音楽シーンの動きを自分なりに予想してみました。

今年はずばり「うまい歌手」がシーンを盛り上げていくと思う。但し、ここでの「うまい」は漢字で表すところの「上手い」「巧い」の意ではなく、「旨い」「美味い」のそれになります。
強引と思われるかもしれませんが、自分では見事に核心をついたものであると自画自賛しています。ちなみにこの発想は、週刊少年サンデーで連載しているある人気漫画のねたがもとになっています。しかし、本論に入る前に、ここまでに至る経緯となる1990年代半ば以降の音楽シーンの流れ について記したいと思います。

1990年代中盤から後半にかけて、レコード会社や事務所などが膨大な数のオーディションを行うことによって、在野の有望な人材を発掘することが一つの流れになったことはまだ記憶に新しいと思います。中ばではエイベックスが、後半ではハロプロのオーディションが一つの頂点を極めたといっても過言ではないでしょう。

しかし、これらオーディション主義は、歌唱力の高い歌い手(つまりは上手い・巧い)を多く発掘したという功績はあるものの、それと同時にオーディションの当初の趣旨とかけ離れた、歌は上手いが個性に欠けるアーティスト・逆に選ばれたにも関わらず技術に問題があるアーティストを多く輩出することにもなった。
何故こうなったのかの要因は、当時隆盛していたプロデューサーブームによって、結局は良くも悪くもオーディションそのものが、プロデューサーや作曲者にとって単に都合の良い歌い手の発掘へと変質したからであろう。小室やつんくの例を見ていればこのことは自明の理である。つまりは彼らの作り出す楽曲主体のオーディションだったのだ。

だが、オーディションブームも98年に宇多田ヒカルがでることによってある意味終わりを迎えたと思う。彼女を始めとした、オーディションを経ずに業界に出た圧倒的才能のあるアーティストの存在は、テレビ局と一体化したオーディションで登場した数多くのアーティストをあっという間に過去の産物へと追いやり、ないしは活動の領域の大幅な減少をもたらした。
そしてもう一つ。MISHAや小柳ゆきなどの抜群の歌唱力を持つアーティストの登場も、歌唱力を求めるオーディションの意味を相当に失わせた。彼女らの歌唱や才能をそもそも超えることは無理だからだ。これもオーディションブーム衰退の重要なポイントであるといえよう。

さんざん長い前置き大変申し訳ないですが、ここからが本題です。

時は流れて21世紀。女性音楽シーンは、宇多田と浜崎以外に関しては、才能や個性のあるアーティストの群雄割拠となっているといえよう。この袋小路状態を抜け出すには、歌唱力、特に技術的なそれでは既に不可能となっている。「歌唱力+何か」、今はそれを求められる時代になっていると思うのだ。その何かのキーワードの最たるものがずばり2つ。それは「楽曲の独自性」と「声」であると私は考える。

声質重視の流れは、もともと90年代後半2001年までに既に存在した。宇多田・椎名・矢井田・中村(ガーネットクロウ)・鬼束ちひろ、などこの時代に出てきたアーティストは作曲のみならず、声の面でも圧倒的な魅力をもっていたといえる。しかし、作曲者として優れていたという点が、声の魅力だけで彼らを論じることのできない最大の要因であったと思う。

しかし、その流れを一気に加速させたのが、元ちとせの登場だ。彼女が登場してから、音楽における「声」について論じられることが非常に多くなり、一つの流れを生み出したといえよう。そして2002年、MINMIや一青窈の登場とヒットはこの流れを顕著に表しているいえる。
声そのものが放つ圧倒的な存在感と個性。それらが描き出すのは、人の感情であったり、自然であったり、単に日常生活だったり、癒しだったり、様々ではあるが、共通しているのは、好き嫌いとか関係なく、何故か耳に入ってしまうという強さを持っていることだ。単に上手なだけではない、美しさや聞き応えや味わい深さ、なじみやすさ----つまりは冒頭に記した「美味い」「旨い」があるということ。
今年も圧倒的な「声」の魅力をもったアーティストがより支持されると強引ではあるが断言しよう。

しかし、最後にいっておきたいのは、「声」の魅力だけではだめだということ。前述したもう一つのキーワード「楽曲の独自性」、さらに「楽曲の完成度」に立脚した声の魅力でないと単なる一発ものになってしまうということだ。 元ちとせは南西諸島の民族音楽、MINMIはR&Bにレゲエやブラックミュージックの融合、一青窈は東洋的要素とブラックミュージックの融合といったように、それぞれが既に確固たる独自性を有している。この点では3人とも何の問題もない。但し、アルバムを出している元ちとせと一青窈は楽曲の完成度には課題が多い。両者とも出世作となったデビューシングル曲以外で、それ以上の魅力や新たな魅力というものを残念ながら提示できなかったと思う。実際、ヤフーやHMVのレビューでこのことを指摘している人は少なくない。彼女らがさらなる高みを目指すなら、この問題はさけて通れない。それをクリアすることができたなら、間違いなく彼女らは今年の女性音楽シーンの中心となろう。

以上長い駄文を読んでくれた方ありがとうございます。次回の予定テーマは宇多田ヒカルの新曲について、私の「宇多田論」を展開しつつ考察します。それでは。







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