| 土屋アンナ 「Teste My Beat」 | 2005・08・24 | 60点 | |
| 1.Ah Ah 2.Taste My Skin 3.In My Hands 4.Frozen Rose 5.My Lullaby 6.Somebody Help Me | |||
| ジャンル区分 | ロック ハードロック ラウドロック パンク | ||
| 良い点・加点要素 | 歌は結構歌えている? | ||
| 減点要素・注意点 | 個性が全くない ロックならではの迫力や情念を感じ取れない | ||
| 以前はSpin AquaというグループでCDを出していたこともあるカリスマモデル、土屋アンナのファーストソロアルバム。ジャンルとしては、海外でも日本でもそれなりに流行っている、「いかにも」という感じのハードロック、ラウドロックが全編に渡り展開されている。 既に他業界において地位を確立している人物が兼業で音楽活動をする場合、その知名度や人気もあり、活動そのものを行うのは比較的容易である。が、その反面、どうしても「どうせ人気者の道楽」とか、「小遣い稼ぎ」「売名行為」といった非難のそしりを受けたり、「色眼鏡」で見られたりする可能性が高い。そういったものを払拭するには、とことん「色物」に徹し批判や軽蔑のまなざしすら利用するか、専業アーティスト以上の歌唱・作品を見せるしかない。ただ、前者はともかく後者は容易ではない。それを成し遂げたのは柴咲コウや木村カエラら極一握りの人物だけであろう。で、この土屋の作品が後者を成し遂げたかというとかなり疑問がある・・・。 とにもかくにもそう思う一番の理由として、「作品としての個性が全くない」点にあろう。 今作の製作陣には、アブリルやエヴァネッセンスといった著名アーティストの作品製作にも携わった有力者が参加しているが、まずこれが完全に仇となったように思う。土屋自身は結構歌えているし、有力者の力添えもあり曲そのものはかなりしっかりしている。だが、その反面どの曲を聞いても、どこかしら聞いたことがあるような感が〜つまりはアブリルやエヴァネッセンスやアシュリー・シンプソンやアナ・ジョンソンといったアーティストの2番煎じの感が否めないからだ。もっと酷く言うと、6曲目以外がオリジナルであるにも関わらず、「カバー曲」としか思えない程に個性がないのである。本家に比べると歌唱力が明らかに下で表現力や個性に欠けることもあり、安っぽさやベタな感が増幅されてしまったのが、このうえなく災いしたように思う。 そしてもう一つは、曲から「ロック、ハードロックならではの力強さ、先鋭さ、疾走感、爽快さ、強い喜怒哀楽の表現をあまり感じない」点にある。まあこれは、おいしい所取りをした作品作りによって収録曲が総じて無難でお上品にまとまりすぎていることと、さらに現時点における土屋のハードロックボーカリストとしての「実力・迫力・魅力」の弱さが大きく影響したように思う。故に、聞いていて爽快ではないし楽しくもない、リビドーも刺激されないのである。ロック作品としては致命的という他ない。 以上の点から言うに、「本物のビールが買えないから発泡酒でガマンする」とか「立食すしにいけないから回転すしでガマンする」といったような妥協の上に成立した代用品・廉価版的価値しか今作には見出せない。彼女のファンや日常的に本家の音楽を聞いていない人であるのなら、それなりの良盤として受け入れられるのだろうが、個人的にはどうしても「人気者が本場の雰囲気だけなぞりました」的感を払拭できずにいる。 とここまで散々なことを書いたものの、土屋に全くセンスがないかというとそうではなく、それなりに楽曲を歌えてはいることからもある程度の潜在能力はあるように思う。変に本場を意識せず自分ならではの「ロック・ハードロック」を突き詰めることができれば、優れた美貌やカリスマ性があるあることから、一躍トップアーティストになれる可能性もあるだろう。ただし、そのためには相当な努力が必要であるが・・・。それが出来なければ、永遠に「人気者の道楽」であり続けるだけだろう。 追記:Full Blown Roseのカバーである最終曲の出来は最悪。この曲の持つ先鋭さ、かっこよさ、エモーショナルさが全くといっていいほどなくなってしまっている。最悪レベルのカバー。何でこんなことをしたのか、心底理解しかねる。(2005/10/04) | |||