熊木杏里

 熊木杏里 「無から出た錆」 2005・02・23 97点
1.長い話   2.夏蝉   3.あなたに逢いたい
4.景色   5.おうちを忘れたカナリア   6.新春白書

7.雨    8.説教と楓    9.ムーンスター
10.イマジンが聞こえた   11.夢のある喫茶店
  12.祖母と二人で
13.風のひこうき    14.私をたどる物語(ボーナストラック)
ジャンル区分ビートルズ的ロックの要素と70年代フォークの融合 その他注記: 
良い点・加点要素詞・声・曲・編曲の一体感 独特のメロディーライン 個性的な詞 編曲項目番号:1 2 11 13 14
悪い点・減点要素独特の詞世界はややとっつきにくいか 項目番号:
孤高且つ至高のシンガーソングライター熊木杏里が2年もの沈黙を破りようやく世に送り出した待望の2ndアルバム。長い間待たされた甲斐のある、渾身の力作と呼ぶにふさわしい作品ではないだろうか。今作発表までに至る出来事や歌手になろうとする経緯を自身の赤裸々な体験や心情を交え歌い上げた1曲目「長い話」を聞くに、感慨深いものが胸に広がってくるのを抑えられない。
穏やかでありながらも予測不能の歌メロ。折れてしまいそうなほどに弱々しく繊細な歌唱。自身の心に対する深い内省を通し、人の心情や情景を独特の表現で抉り出した詞・・・。穏やかであるのに、絶唱でもないのに、とりたてての強烈な何かがあるわけでもないのに、これらが一体化した「曲」に圧倒されるのは何故なのだろうか・・・。
殺伐とした感や、世間や人に対して達観した感があった前作と比べると、今作は全体的に明るい作りになっている。4・5・9曲目はその典型ではないだろうか。深い痛手を負った熊木の「再生」ならびに、熊木を支え、育んでくれた「周りの人々」や自然・郷里に対する「感謝」「深い愛情」を切実に歌い上げたことが、前作にはない、曲の深みや温かみをもたらす要因となった。傷つきながらも何とか前を見て歩けるようになった彼女の気持ちの変化が率直に音楽に反映されたといえるだろう。そこには意図的に作った感や世俗の流行に合わせた感は全くない。己が感じたもの・経験したものを嘘偽りなく詞と曲と歌唱とに込め、吐き出したただそれだけである。しかし、だからこそ聞き手の心に突き刺さるものがある。それこそが、それを可能とする「天才的」な作詞・作曲センスと優れた声質こそが、彼女の音楽に圧倒され、惹かれてやまない理由なのである。
曲調に関して言えば、ビートルズ的なロック曲の比率が下がり、どちらかというとよりフォークソングに近いものになっている。最初そのことに大きな戸惑いを覚えたのだが、聞けば聞くほどその魅力に引きずられずにはいられない。とはいえ、3〜5曲目の編曲は、ビートルズファンは思わずにんまりものであろう。
今作を考える上で、この吉俣の編曲をはずすわけにはいかない。前作よりもさらにシンプル。そこには作りに作りこんだバックコーラスも壮大なオーケストレーションも存在しない。しかし、熊木の歌と曲の魅力を「これ以外は考えられない」とでも言わんばかりの見事な編曲で引き出している。編曲の形には様々なものがあると思うが、ここに「限りなく理想に近い編曲」が存在する。
もはやこの編曲は詞・歌・曲と不可分の関係だと言える。熊木や熊木の音楽に対する彼の深い愛情があってのこそのものであろう。
詞・曲・歌・編曲が高度に一体化した今作収録の楽曲群に隙はない。全体的な質の高さは言わずもがな、4・5・7・9・10・11・13曲目の素晴らしさは、もう言葉に尽くせない。完成度がどうのこうのとかと歌唱がどうのこうのいった次元ではなく、「心に響く魅力がある」ただそれだけ。それで十分である。
この素晴らしい作品を生み出した熊木並びに、熊木復活の支えとなった家族や吉俣、キングレコードに心から感謝したい。(2005/05/05改稿)


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